鴉番組 KARASU CHANNEL
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HOMESIGHTSEEING甲賀市の観光スポット|古代の都と忍びの里、茶と焼き物の山あいを歩く

甲賀市の観光スポット|古代の都と忍びの里、茶と焼き物の山あいを歩く

監修:鈴king.(鴉番組/オカルト・ホラー取材7年)

目次

この町の観光スポット(北から順)

番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。

  1. 大池寺 水口の丘にある臨済宗の寺。江戸時代の名匠・小堀遠州が作ったとされる枯山水の庭と、甲賀三大仏の釈迦如来で知られる。
  2. 水口城跡 徳川家光の上洛に合わせて築かれた城。将軍の宿館として造られ、のち水口藩の居城となった。城跡は県の史跡。
  3. 紫香楽宮跡(宮町遺跡) 奈良時代に聖武天皇が都を置いた、わずか数か月の幻の宮跡。大仏造立の構想が、この山あいで始まった。
  4. 土山宿 東海道五十三次の49番目の宿場。鈴鹿峠の手前で旅人が休んだ町並みと、本陣跡などの史跡が残る。
  5. 田村神社 坂上田村麻呂を祀る土山の神社。鈴鹿峠の悪鬼退治の伝説に由来し、厄除けと交通安全の信仰を集めてきた。
  6. 櫟野寺 最澄が開いたと伝わる天台宗の古刹。重要文化財の十一面観音坐像は、坐像としては国内最大とされる巨像。
  7. 油日神社 甲賀武士が「甲賀の総社」として仰いだ古社。楼門・廻廊・拝殿・本殿が一直線に並ぶ中世の社殿が重要文化財。
MAP DATA © OPENSTREETMAP CONTRIBUTORS
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
所在地
滋賀県甲賀市
最終確認
2026.10.05
ご注意
営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。

甲賀市ってどんな町?

甲賀市は、滋賀県の最南端にあり、三重県や京都府と境を接する市です。2004年に水口・土山・甲賀・甲南・信楽の旧五町が合併して誕生しました。東には鈴鹿山脈の山並みが続き、野洲川が山あいを縫って流れます。東海道が東西を貫いていたため、古くから人と物が行き交った土地でもあります。

この記事では、市内の観光スポットを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。水口の寺と城跡から始まり、信楽の古代の都、土山の宿場と神社、そして甲賀町の古刹と古社へと、南へ下る道筋です。忍者の里として知られる顔の奥に、古代から続く祈りと街道の時間が重なっているのを感じていただければと思います。

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1. 大池寺

大池寺は、水口町にある臨済宗妙心寺派の寺院です。寺伝では、奈良時代に行基がこの地を訪れ、日照りに苦しむ農民のために「心」の字の形に池を掘ったことが始まりとされます。今も周囲には、その池を中心にした自然公園が広がっています。

本堂に安置される釈迦如来坐像は、「甲賀三大仏」の一つに数えられます。寺伝では行基の作とされますが、実際には平安時代末期の作と考えられています。戦国時代には、織田信長の安土城築城や合戦の影響で建物を失ったと伝えられ、仏像だけが焼け残って、長い間、簡素な草庵で風雨にさらされていたといいます。

江戸時代の初め、水口城の築城の際に作事奉行を務めた小堀遠州が、完成を祝って作った庭と伝わるのが「蓬莱庭園」で、市の名勝に指定されています。石と刈り込みで作られた枯山水の庭は、大きな池の寺という名とは対照的に、静けさを湛えています。現役の寺院ですので、参拝の際は静かに、境内のきまりを守ってお参りください。

2. 水口城跡

水口城は、東海道の宿場町・水口にあった城で、現在は滋賀県の史跡になっています。この地には、もともと豊臣政権のもとで築かれた水口岡山城がありましたが、関ヶ原の戦いのあとに廃城となりました。その後、水口は徳川の直轄地となり、東海道の宿場に指定されます。

今の水口城は、寛永11年(1634年)、三代将軍・徳川家光が上洛する際の宿館として築かれました。作事奉行は小堀政一(遠州)が務め、二条城の御殿を手本にした豪華な御殿が建てられたといいます。ところが、将軍がここを宿所に使ったのはこの一度きりで、その後は幕府の城番が管理する「番城」になりました。

1682年に加藤氏が入城して水口藩が成立すると、城は藩主の居城となりました。ただし歴代の藩主は、幕府から借りている城として将軍の御殿を使わず、二の丸で政務を行ったと伝えられます。廃城後に石垣の多くは鉄道の敷設に使われ、現在は出丸の石垣などが整えられ、水口城資料館が建っています。借り物の城を大切に守った藩の姿勢が、城跡の静けさに重なって見えます。

3. 紫香楽宮跡(宮町遺跡)

紫香楽宮は、奈良時代に聖武天皇が近江国甲賀郡に営んだ離宮です。740年の藤原広嗣の乱の後、天皇は都を転々とし、742年にこの信楽の地に離宮を造り、しばしば行幸しました。翌743年には、盧舎那仏、つまり大仏の造立をここで始めると発願します。

745年の正月には、紫香楽宮が新しい都として扱われ、「新京」と呼ばれました。しかし、山火事や地震などの災いが相次ぎ、人々の賛同も得られないまま、同年5月に平城京へ戻ります。ここで進められていた大仏の計画は、のちに奈良の東大寺の盧舎那仏として完成しました。

長らく、内裏野という場所の遺跡が宮跡と考えられていましたが、北に約2キロの宮町遺跡から大規模な建物跡や、税の納入を示す木簡が大量に見つかり、現在はこちらが宮跡と考えられています。2005年には宮町遺跡を含む約19ヘクタールが国の史跡に追加指定されました。これは推察だが、都があまりに山奥にあったことが、人々の足を遠ざけた一因だったのかもしれません。今は静かな田園に、数か月だけの都の記憶が眠っています。

4. 土山宿

土山宿は、江戸時代の東海道五十三次で49番目にあたる宿場です。難所として知られた鈴鹿峠の手前にあり、平安時代に伊勢参りの道が峠を越えるようになって以来、旅人が足を休める町として発展してきました。幕府が宿駅に指定してからは、本陣や脇本陣、旅籠、茶屋が並ぶ細長い宿場町となりました。

1843年の記録では、家は351軒、人口は1,505人、旅籠は44軒を数えたとされます。有名な鈴鹿馬子唄では、峠道の天気と並べて「あいの土山」に降る雨が歌われており、この宿は雨の多い土地としても知られていました。町には格子戸の家並みや松並木、旅籠の跡を示す石碑などが残り、旧街道の面影をたどることができます。

明治元年(1868年)には、明治天皇が最初の東京行幸の途中で土山宿に泊まり、16歳の誕生日を迎えました。この時、宿所となった本陣で第1回の天長節の祝賀が行われたと伝えられます。また、土山茶の始まりを伝える常明寺や、街道の歴史を展示する施設もあり、旅人の宿だった町の暮らしを知る手がかりが集まっています。

5. 田村神社

田村神社は、土山町北土山に鎮座する神社で、坂上田村麻呂を祭神の一柱として祀っています。旧社格は県社で、毎年2月に営まれる厄除けの大祭で広く知られています。かつては東海道が境内の参道の一部を通っていたといい、街道とともに歩んできた神社です。

社伝では、平安時代、田村麻呂が嵯峨天皇の命を受けて、鈴鹿峠で悪事を働く悪鬼を平らげたとされます。その際、田村麻呂が残った矢を放ち、落ちた場所に自分を祀るよう言い残したと伝わり、その地に社殿が建てられたといいます。田村麻呂の没後に疫病が広がった際、厄除けの大祈祷が営まれたことから、厄除けの神、さらに峠の旅の安全を守る神としても崇められるようになりました。

江戸時代には、近くの櫟野寺とあわせて参る「田村参り」が盛んに行われました。境内の矢竹は、田村麻呂が放った矢から生えたものと伝わります。現役の神社ですので、静かに参拝し、境内のきまりを守ってください。

6. 櫟野寺

櫟野寺は、甲賀町櫟野にある天台宗の寺院で、地元では「櫟野の観音さん」と呼ばれて親しまれてきました。寺伝では、792年に最澄が比叡山延暦寺の根本中堂の用材を求めてこの地を訪れ、櫟の生木に十一面観音を彫ったことが始まりと伝えられます。

本尊の十一面観音坐像は、像の高さが約3.1メートル、総高は約5.3メートルという巨像で、国の重要文化財です。重要文化財に指定された十一面観音のうち、坐像としては日本最大とされます。平安時代後期の作で、かつては33年に一度だけ開帳される秘仏でしたが、今は春や秋などに特別公開が行われています。

このほか、滋賀県下最大とされる薬師如来坐像など、平安時代の仏像が多数伝わっています。江戸時代には、坂上田村麻呂の信仰が盛んになり、田村神社とあわせてお参りする「田村参り」が広まりました。現役の寺院ですので、拝観のきまりを守り、静かにお参りください。公開日は限られるため、公式の案内で確認してから訪れてください。

7. 油日神社

油日神社は、甲賀町油日にある神社で、油日岳を神体山とし、山頂には奥宮の岳神社があります。社名は、山頂に油の火のような光とともに神が降りたという伝承に由来するとされます。祭神の油日大神は、武士に勝利をもたらす軍神として、のちには「油の火」の神としても信仰を集めました。

創建の年代は分かっていませんが、用明天皇または天武天皇の時代と伝えられます。国史では、878年に油日神へ従五位下が授けられたという記録が最初です。中世には、甲賀の武士たちが「甲賀の総社」として篤く崇敬しました。楼門・廻廊・拝殿・本殿は重要文化財で、廻廊が取り巻く中世の神社建築は、滋賀県内ではここだけとされています。

毎年行われる「油日の太鼓踊り」は国の選択無形民俗文化財に選ばれています。境内全体は、甲賀の武士たちが自治を営んだ「甲賀郡中惣」に関わる遺跡として、国の史跡にもなっています。現役の神社ですので、静かに参拝し、境内のきまりを守ってください。

名物・食べ物・飲み物

甲賀市の名物として最初に挙げたいのは、お茶です。土山町は滋賀県内で最大の栽培面積と生産量を誇る「土山茶」の産地で、1356年に常明寺の僧が京都の大徳寺から持ち帰った種を育てたのが始まりと伝えられます。葉が厚く、味と香りが濃いため、二煎目も楽しめるといわれます。

信楽町の朝宮でつくられる「朝宮茶」は、日本五大銘茶の一つに数えられます。805年に最澄が唐から持ち帰った茶の種を朝宮に植えたことが起源と伝えられる、日本でも最古級の茶産地です。寒暖差の大きい山あいで育つため、独特の香りと深い味わいを持つとされます。

土山宿の名物には、鈴鹿を越える旅人の土産だった「お六櫛」や、街道の名物として親しまれた「あけぼの茶」がありました。旅の途中の一服が、今に続く茶の土地柄を育てたのだと感じさせます。

珍しい生き物・自然

甲賀市の東の端には、標高1000メートル級の鈴鹿山脈の南の山並みが走り、市内の最高峰は雨乞岳です。山々から流れ出る野洲川は、琵琶湖へ注ぐ川ですが、市内の信楽地区だけは大戸川が瀬田川へ直接流れ込み、別の分水界に属しています。

信楽の土は、古琵琶湖の時代に積もった粘土層に由来するとされ、これが信楽焼の素朴な土味を生んでいます。山と川と土が、この町の暮らしや産業を形づくってきたといえます。

そのほか、この町の特筆すべきこと

信楽焼は、日本六古窯の一つに数えられる焼き物です。鎌倉時代後期に常滑焼の技術が伝わって壺や甕が作られ始め、茶道の広がりとともに「茶陶信楽」として親しまれました。明治には火鉢、のちに植木鉢と、時代の需要に合わせて主力を変えてきたことが特徴で、信楽の登り窯の一部は近代化産業遺産に認定されています。

「忍者の里」としても知られますが、実像は少し異なります。甲賀の侍たちは「惣」と呼ばれる合議の仕組みで郡を治め、普段は農業や行商を営みながら、戦では偵察や工作に活躍したとされます。薬の扱いに長けていたという言い伝えがあり、今も甲賀に製薬会社が多いのは、その名残ではないかと言われています。「甲賀と伊賀が宿敵」というイメージは後世の創作で、史実では両地域は密接な関係にあったようです。

2004年に五つの町が合併して生まれた甲賀市は、「こうか」と「こうが」の二つの読み方があり、市名の読みを決めるのに決選投票が行われました。古代にこの地を治めた鹿深氏に由来する「こうか」が採用されています。

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夜の顔:この町の怪談と心霊スポット

ここまで、甲賀市の昼の顔を歩いてきました。幻の都、街道の宿場、観音と古社、そして茶と焼き物の里。どの場所にも、人が祈り、行き交い、時に夢が潰えた時間が重なっています。

鈴鹿峠には、田村麻呂が悪鬼を平らげたという伝説が残り、田村神社や櫟野寺の信仰につながっています。山深い峠が旅人にとって恐ろしい場所だったことが、鬼の物語を生んだのかもしれません。また、都が数か月で放棄された紫香楽の地には、山火事や地震が相次いだという記録があり、天の怒りと受け止められたと想像すると、その静けさが少し違って見えてきます。

当サイトの見方では、怪談とは、土地の歴史や信仰が人の心に落とした影のようなものです。鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。

お出かけの前に

営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。

よくある質問

Q. 甲賀市の観光は、どの順番で回ると効率がよいですか?

A. この記事は北から順に紹介しています。水口周辺、信楽の紫香楽宮跡周辺、土山の宿場と田村神社、甲賀町の古刹と古社と、地区ごとにまとめると回りやすくなります。市域が広いため、移動手段と運行状況は公式の案内で確認してください。

Q. 甲賀市の名物は何ですか?

A. 土山茶や朝宮茶などのお茶、信楽焼の器などが知られています。店ごとの内容は変わるため、出かける前に最新の情報を確認してください。

Q. 甲賀は忍者の里だと聞きましたが、本当ですか?

A. 甲賀の侍たちが、戦の際に偵察や工作を担ったことが、のちに忍者として語られるようになったとされます。単一の流派があったわけではなく、複数の流れをまとめて甲賀流と呼んでいます。史実と創作を区別して楽しむのがおすすめです。

参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/甲賀市
https://ja.wikipedia.org/wiki/大池寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/水口城
https://ja.wikipedia.org/wiki/紫香楽宮
https://ja.wikipedia.org/wiki/土山宿
https://ja.wikipedia.org/wiki/田村神社_(甲賀市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/櫟野寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/油日神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/信楽焼
https://ja.wikipedia.org/wiki/土山茶
https://ja.wikipedia.org/wiki/朝宮茶
https://ja.wikipedia.org/wiki/甲賀流

鴉番組

監修者:鈴king.

所属:鴉番組

取材歴:オカルト・ホラー取材7年目(2020年〜)

フォロワー数:YouTube 5,000人超え・X 25,000人超え

現地取材:30件以上

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