豊田市の観光スポット|山の渓谷と松平の故郷、車の町が抱く広い森
目次
この町の観光スポット(北から順)
番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。
- 小原の四季桜と和紙の里 春と秋の二度咲く四季桜と、室町期から続く小原和紙で知られる旧小原村の山あい。※地区中心のおおよその座標。
- 奥矢作湖 矢作ダムがつくった人造湖。豊田市と岐阜県恵那市にまたがり、春の桜と秋の紅葉に彩られる北の水辺。
- 足助の町並み 塩の道の宿場として栄えた足助の商家町。2011年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
- 足助城 真弓山の山頂に復元された戦国期の山城。発掘調査をもとに建てられ、足助の町と谷を一望する城跡。
- 香嵐渓 巴川がつくる足助の紅葉の名所。江戸初期の植樹に始まり、待月橋の朱が秋の渓谷に映える。
- 豊田スタジアム ワイヤーで屋根を吊る独特の構造を持つ球技専用スタジアム。2019年ラグビーW杯の舞台にもなった。
- 豊田市美術館と豊田市博物館 旧挙母城の高台に建つ美術館と、その隣に開いた博物館。谷口吉生と坂茂、二人の建築家の作品が並ぶ。
- 王滝渓谷 仁王川が巴川へ注ぐ急流がつくった渓谷。苔むした岩と木々が、涼しい森の空気をつくる。
- 松平郷 のちの徳川将軍家につながる松平氏の発祥地とされる山里。国史跡「松平氏遺跡」の一部が残る。
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
- 所在地
- 愛知県豊田市
- 最終確認
- 2026.10.05
- ご注意
- 営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。
豊田市ってどんな町?
豊田市は、愛知県の北部、三河地方に広がる市です。面積は県内で最も大きく、県全体のおよそ18パーセントを占めます。最も高い場所は旧稲武町にある標高1229.3メートル、最も低い場所は3.2メートルで、市の中だけで約1200メートルもの高低差があります。南には平野と工場の風景が広がり、北には深い山と渓谷が連なる、ふたつの顔を持つ町です。
かつては挙母(ころも)市という名で、1959年1月1日に豊田市と改められました。その背景には、1937年にトヨタ自動車工業が設立され、挙母の地が自動車の町へと歩み出した歴史があります。2005年4月には、足助町や旭町、稲武町、小原村など6つの町村と合併して、今の広い市域になりました。
この記事では、市内の観光スポットを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。人造湖から始まり、山城と渓谷、街道の町並み、松平氏の故郷、そして市街地の美術館とスタジアムへと南下していく道筋です。車の町のイメージだけでは見えてこない、山里の時間を一緒に眺めてみましょう。
1. 小原の四季桜と和紙の里
小原地区は、豊田市北部の山あいにある旧小原村で、四季桜と小原和紙、小原歌舞伎の里として知られます。この記事に載せている座標は、地区の中心付近のおおよその位置です。四季桜は、マメザクラとエドヒガンの交雑種と推測される桜で、春と秋の年に二度咲くのが特徴です。春は3月下旬から4月上旬、秋は11月上旬から下旬が見ごろで、花数は秋のほうが多く、秋が最盛期とされています。
四季桜の始まりについては、文政年間(1818年から1831年)の初めに、北村の漢方医・藤本玄碩が尾張や名古屋のほうから苗木を求めて植えたと伝わります。薬を扱う医師が、遠くから桜の苗を取り寄せて山里に植えた、という由来が興味深いところです。川見四季桜公園には約1200本が植えられ、紅葉と桜が同じ季節に楽しめる景色が生まれます。
小原は、和紙の里としても知られます。室町時代から、和紙の原料になる楮(こうぞ)を育てるのに適した土地として知られてきたとされ、のちに藤井達吉が小原和紙の礎を築いたと紹介されます。永太郎町の「和紙のふるさと」には、展示館と体験用の工芸館があり、字を漉き込む体験なども用意されています。春と秋の二度咲く桜と、紙を漉く手仕事が、同じ山里の営みとして並んでいるところが、この地区の魅力です。
2. 奥矢作湖
奥矢作湖は、矢作川の上流に築かれた矢作ダムによってできた人造湖です。ダムは1970年に完成しました。高さは100メートルで、愛知県で初めてのアーチ式コンクリートダムとされています。湖は豊田市と岐阜県恵那市にまたがり、総貯水容量は約8000万立方メートルと、県内ではかなり大きな規模です。
ダムの役割は洪水の調整、田畑への水やり、水道や工業用水の供給、水力発電など多岐にわたります。約100万人の暮らしに水道水を届け、トヨタ自動車をはじめとする工業地帯も支えているとされ、山奥の湖が南の町の営みと直結していることがわかります。建設の際には、旧旭町と串原村の177戸が水没の対象となりました。穏やかな湖面の下に、かつての暮らしがあったことを、静かに心に留めておきたいところです。
湖畔は春にサクラ、秋に紅葉が楽しめる場所として知られ、バス釣りやツーリングの目的地にもなっています。これは推察だが、水を湛えた谷の景色が人の手で生まれたものだと知ると、美しさの中に、この土地が背負った時間の重みも感じられるようになるのではないでしょうか。近年は土砂がたまりやすく、浚渫の作業が進められているということも、人造湖ならではの現実です。
3. 足助の町並み
足助の町並みは、三州街道、通称「塩の道」の宿場町として栄えた商家の集まりです。三河湾に近い吉良で作られた塩を信州へ運ぶ道筋にあたり、足助は荷物の積み替えと商いの拠点でした。2011年6月に、豊田市足助伝統的建造物群保存地区として、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。町並みを守る運動は、1975年ごろから地元で続けられてきました。
塩の運び手は、中馬と呼ばれる信州の馬稼ぎの人々でした。中馬とは、江戸時代に信州の馬稼ぎ人が作った同業者の組合のような仕組みです。吉良から運ばれた塩は、足助で約26キロ(七貫目)の俵に包み直され、「足助直し」と呼ばれて信州へ向かいました。明治の中ごろには、年間約2万俵もの塩が伊那谷へ運ばれたと伝わります。
町並みの大きな特徴は、1775年の大火のあとに、防火のため瓦葺きで建て直された商家が多いことです。江戸中期から明治末にかけての建物が今も残り、地区全体のおよそ3割を占めるといいます。蔵造りの建物の脇には、黒い板壁と白い土蔵が迫る細い路地もあり、歩くだけで往時の商いの気配が伝わります。一軒一軒の暮らしの上に成り立っている町並みですので、住民の方々への配慮を忘れずに歩きたいところです。
4. 足助城
足助城は、足助の町を見下ろす標高301メートルの真弓山に築かれた山城です。築城の時期ははっきりしていませんが、この地を治めた足助鈴木氏の拠点でした。鈴木氏は15世紀後半の忠親を初代とし、代々この山あいの地を治めたと伝えられ、最後の城主とされる康重は1590年にこの地を離れました。
城の歴史には、戦国の荒波がそのまま映っています。鈴木氏は当初、松平氏との関係を揺らしながら過ごしましたが、1564年以降は松平方として落ち着きました。ところが1571年には、武田信玄の軍勢が攻め込み、しばらく武田方に占拠されたといいます。大国の間にはさまれた小さな山城の緊張が伝わってくる話です。
1990年から1992年にかけての発掘調査では、本丸や南曲輪、西の物見などの跡、柱穴、井戸などが確認されました。これらの調査成果をもとに、1993年に山城の復元がなされています。発掘に基づく本格的な復元として、全国でも先駆けとされる例です。ここに立つと、尾根の道がいくつにも分かれて城を守っていた様子が、地形そのものから読み取れます。当サイトの見方では、遺構が語る静けさこそ、この城の最大の見どころです。
5. 香嵐渓
香嵐渓は、足助町を流れる巴川がつくる渓谷で、愛知県を代表する紅葉の名所です。起こりは1634年、香積寺の三栄和尚が、参道の両側にカエデやスギを植えたことと伝えられます。一人の僧の植樹が、四百年近くの時を経て県内屈指の景勝地に育ったという事実は、風景が人の手でつくられるものだということを教えてくれます。
香嵐渓という名前は、1930年に付けられたものです。寺の住職と町長が毎日新聞社の社長に命名を頼み、飯盛山からの薫風が香積寺参道の青楓を透け、巴川を渡って山の香りを運んでくる情景から名づけられたと伝えられます。紅葉の名所に、まず青葉の風を詠み込んだところに、古い人々の美意識がうかがえます。
渓谷を渡る待月橋は、香嵐渓を象徴する存在で、1953年に名づけられ、2007年に新しい橋に架け替えられました。秋には巴川の水面に紅葉が映り、橋の朱がよく目立ちます。春には、約5000平方メートルに群生するカタクリの花が見られることでも知られています。紅葉の季節の渋滞は有名ですので、時期や手段は公式の案内で確認してから出かけると安心です。
6. 豊田スタジアム
豊田スタジアムは、2001年6月に竣工した球技専用のスタジアムです。設計は黒川紀章建築都市設計事務所などが担い、収容人数は4万4380席です。名古屋グランパスのホームスタジアムとして親しまれるほか、2019年のラグビーワールドカップでも会場のひとつになりました。
外観の大きな特徴は、吊り屋根の構造です。敷地が道路や川に囲まれていて、スタンドの外側に屋根を支える構造をつくりにくかったため、スタンドの四隅に立てた4本の柱からワイヤーで屋根を吊る方式が採られました。屋根はもともと開閉式でしたが、2023年に固定式への改修が完了しています。
地元産の天然芝が使われているのも、このスタジアムならではの特徴です。車の町のイメージとは別に、芝や農地とのつながりを大切にしているという一面がうかがえます。試合のない日でも、大きな屋根のシルエットを眺めるだけで、この町が人を集め、迎え入れてきた時間が感じられます。
7. 豊田市美術館と豊田市博物館
豊田市美術館は、1995年に開館した市立の美術館で、設計は谷口吉生です。鉄とガラスを使ったモダニズムの建物で、起伏のある高台の地形に合わせ、1階と2階がどちらも地面に接する構造が特徴です。ここは、かつて挙母城(七州城)があった高台で、庭園の一角には復元された隅櫓が建っています。
庭園を手がけたのは、アメリカの造園家ピーター・ウォーカーです。大きな人工の池を囲む庭に、茶室の童子苑や書院の又日亭が配されています。コレクションは20世紀初頭の日本画から、バウハウス、シュルレアリスム、現代美術まで幅広く、グスタフ・クリムトの「オイゲニア・プリマフェージの肖像」も所蔵します。2019年のクリムト展は、75日間で20万人を超える来場者を集めました。
隣には、2024年4月26日に豊田市博物館が開館しました。設計は建築家の坂茂で、旧愛知県立豊田東高等学校の跡地に建てられています。市の歴史・文化・自然・産業を扱う総合博物館で、郷土資料館などの機能を引き継いでいます。城跡の高台に、美術と郷土の歴史が並ぶ配置は、車の町の中心に、じっくり歩ける文化の拠点があることを示しています。
8. 王滝渓谷
王滝渓谷は、仁王川が巴川に流れ込む急流によって刻まれた渓谷です。全長は約1.8キロメートルで、落差は148メートルとされ、岩がごろごろと連なる荒々しい景観から、「東海の昇仙峡」とも呼ばれてきました。水は、おもに山の高みから集まり、谷を一気に下ります。
木々が深く茂るため、川の近くは薄暗くてひんやりしています。苔が木の幹や岩、橋の欄干にまで生え、川底の石にも緑が広がるのが特徴で、まるで熱帯雨林のようだと形容されるほどの濃密な空気が漂います。足元の苔をよく見ると、水の気配と森の湿り気が、この景色をつくっているのだとわかります。
渓谷には、不動山展望台や梟ヶ城展望台といった眺めのよい場所、赤い吊り橋、全長90メートルの王滝湖かけ橋などが整えられています。秋の紅葉に加え、春は梅と桜も楽しめる場所とされ、一年を通じて景色が移り変わります。川沿いは足元が濡れやすく、増水時は危険もあります。天候と水の状態を確かめ、無理のない計画で訪れてください。
9. 松平郷
松平郷は、豊田市松平町にある小さな山里で、徳川将軍家の元になった松平氏の発祥地として知られます。松平氏遺跡として2000年に国の史跡に指定され、山あいの穏やかな景色の中に、一族の始まりを伝える史跡が点在しています。後の世の系譜によれば、14世紀末ごろに放浪の僧だった徳阿弥が、松平郷の領主の娘婿となり、松平親氏を名乗ったと語られます。
ただし、この親氏の話は、近年の研究では疑問視されています。親氏が実在したのか、どのような人物だったのかは、はっきりしていません。これは推察だが、徳川の天下が定まったあと、家の始まりをより古く、より立派に語りたいという思いが、こうした伝承を育てたのではないでしょうか。史実と伝承のあいだに揺れる物語として読むのも、この里の楽しみ方のひとつです。
一族の菩提寺とされる高月院は、浄土宗の寺で、寺伝では1367年の創建です。境内には松平親氏と二代目・泰親らの墓とされる宝篋印塔が並びます。本堂は1641年の建立で、のちに家康となる竹千代が、8歳のとき人質として駿府へ向かう途中の1549年に立ち寄ったと伝わります。また、松平東照宮は1619年に九代・尚栄が八幡宮に東照大権現を勧請したのが始まりで、松平氏の館跡に建つ現役の神社です。参拝するときは、地域の方々の信仰の場であることを忘れずに、静かに手を合わせたいものです。
名物・食べ物・飲み物
豊田市の名物として最初に挙げたいのが五平餅です。ご飯をつぶして串に刺し、味噌だれを塗って香ばしく焼く素朴な食べ物で、足助、稲武、旭、小原、下山など、山あいの地区で親しまれてきました。豊田産のお米と、豊田で作られた味噌を使った五平餅を紹介する取り組みもあり、20を超える店が6つの地区に点在すると紹介されています。
五平餅は、形や味、大きさが店ごとにまったく違うのも魅力です。紅葉の季節の香嵐渓では、多くの屋台に並び、秋の風物詩になっています。食べ比べるときは、店ごとの最新の案内を確認してから出かけるのが安心です。
山里の食文化は、足助の塩の道とも深く結びついています。塩や米、味噌が山を越えて行き交った歴史を思うと、素朴な五平餅の味にも、街道の暮らしが宿っているように感じられます。
珍しい生き物・自然
豊田市の自然は、約1200メートルの高低差が生み出しています。北の稲武の山々には高い山地が連なり、南には平野が広がります。同じ市内でも、標高によって植物や景色がまったく変わるのが特徴です。
香嵐渓では、約5000平方メートルにカタクリが群生します。春の短い期間だけ花を咲かせる植物で、早春の山の斜面が薄紫に染まります。王滝渓谷には、岩や木の幹をびっしりと覆う苔の世界が広がり、湿った森の空気を一年中感じられます。
小原の四季桜は、春と秋の二度咲くという珍しい性質を持ちます。マメザクラとエドヒガンの交雑種と推測される桜で、秋には紅葉と同じ季節に花を咲かせます。山の自然と、人が植え育ててきた植物が、同じ景色の中に溶け合っているのが豊田市の魅力です。
そのほか、この町の特筆すべきこと
豊田市の暮らしを語るうえで外せないのが、自動車産業です。製造品出荷額は全国の市の中でも第1位とされます。挙母の町に工場ができ、市の名前まで変わったことは、この町の歴史がいかに自動車と結びついてきたかを物語っています。
夏の「豊田おいでんまつり」は、毎年7月の最後の日曜日に開かれる市民の祭りで、約40万人が訪れるといわれます。第1回の豊田まつりは1968年に始まりました。工場の町が育てた、市民の夏の行事です。
市の中心部には、2024年に開館した豊田市博物館や、1995年開館の美術館があり、2001年にはスタジアムも開場しました。山の街道と、車の町の文化施設。この対照が、豊田市という町の奥行きを形づくっています。
夜の顔:この町の怪談と心霊スポット
ここまで、豊田市の昼の顔を歩いてきました。人造湖の底に沈んだ暮らし、戦国の山城、塩を運んだ街道、松平氏の伝承。どの場所にも、人が暮らし、守り、時に手放してきた時間が重なっています。
その厚みは、夜の顔にもつながります。豊田市の山あいや湖には、よく語られる噂話がありますが、場所は特定されておらず、探し歩くことは勧めません。当サイトの見方では、怪談とは土地の歴史や地形が、人の心に落とした影のようなものです。ダムに沈んだ集落や、街道を行き交った人々の苦労を知るほど、静かな場所への敬意が深まります。
鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。
お出かけの前に
営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。
よくある質問
Q. 豊田市の観光は、どの順番で回ると効率がよいですか?
A. この記事は北から順に紹介しています。市の北部(奥矢作湖・小原)、足助エリア(足助城・香嵐渓・町並み)、松平郷と王滝渓谷、市街地(美術館・スタジアム)と、エリアごとにまとめると回りやすくなります。市域がとても広いため、移動手段と季節の道路状況は、公式の観光案内で確認してください。
Q. 豊田市の名物は何ですか?
A. 山里の名物として知られる五平餅が代表的です。ほかにも、足助の紅葉の季節に並ぶ屋台の食べ物などが楽しまれています。内容は時期や店ごとに変わるため、出かける前に最新の情報を確認してください。
Q. 紅葉の時期に訪れても大丈夫ですか?
A. 香嵐渓は紅葉の名所として非常に混雑し、周辺では渋滞も起こります。時期をずらしたり、公共交通や駐車場の案内を事前に確認したりして、無理のない計画を立ててください。
参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/豊田市
https://ja.wikipedia.org/wiki/香嵐渓
https://ja.wikipedia.org/wiki/松平郷
https://ja.wikipedia.org/wiki/高月院
https://ja.wikipedia.org/wiki/豊田市美術館
https://ja.wikipedia.org/wiki/豊田市博物館
https://ja.wikipedia.org/wiki/豊田スタジアム
https://ja.wikipedia.org/wiki/矢作ダム
https://tabi-mag.jp/ai0144/
https://tabi-mag.jp/obara-shikizakura/
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/1023/
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/2234/
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/212/
https://www.pref.aichi.jp/site/kaidou/toyota-goheimochi.html
この周辺の心霊スポット
昼の顔とは別に、この土地には夜の顔もあります。興味があれば、記録として読んでみてください。立入に注意が必要な場所も含まれます。
この土地の怪談
昼の顔とは別に、この土地には夜の顔もあります。興味があれば、記録として読んでみてください。立入に注意が必要な場所も含まれます。

