伊勢原市の観光スポット|雨降山の信仰と古寺と道灌の足跡を北から歩く
目次
この町の観光スポット(北から順)
番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。
- 大山と大山阿夫利神社 標高1,252メートルの三角形の山。山頂に阿夫利神社の本社、中腹に下社が鎮座し、江戸の庶民が競って詣でた雨降山。
- 日向薬師(宝城坊) 東丹沢のふもと、日向川の谷あいに建つ薬師の霊場。茅葺きの本堂と、樹齢約800年とされる杉が静かに立つ。
- 石雲寺 日向薬師の近くにひっそり佇む曹洞宗の寺。壬申の乱で敗れた皇子の生存説が、開山の由来として語り継がれる。
- 大山寺(大山不動) 関東三大不動の一つに数えられる古刹。鉄造の不動明王像を本尊とし、江戸の庶民も訪れた参詣の中心。
- 洞昌院と太田道灌の墓 江戸城を築いた武将・太田道灌が葬られたと伝わる曹洞宗の寺。道灌の墓は市の史跡に指定されている。
- 比々多神社 旧相模国で最古級とされる古社。大山を神体山として遥拝した信仰が、縄文の祭祀の跡にまで重なる。
- 伊勢原大神宮 町の名前の由来に深くかかわる神社。江戸初期の開拓者が伊勢神宮から神を迎え、開墾の安泰を祈ったと伝わる。
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
- 所在地
- 神奈川県伊勢原市
- 最終確認
- 2026.10.05
- ご注意
- 営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。
伊勢原市ってどんな町?
伊勢原市は、神奈川県のほぼ中央に位置する市で、県の地理的な中心は市内の石田にあるとされています。北西の端には古くから信仰を集めてきた大山がそびえ、市のシンボルになっています。市の中心部は大山から土砂が運ばれてできた扇状地の上にあり、1971年3月に市制を施行しました。地名は、江戸時代の初めに伊勢の山田から来た曽右衛門らがこの地を開墾したことに由来する、と伝えられています。
この記事では、市内の観光スポットを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。雨降山と呼ばれた大山から始まり、古い薬師の霊場、大山不動、戦国前夜の武将ゆかりの寺、相模国の古社、そして町の名の由来となった神社へと南下していく道筋です。江戸の庶民が列をなして歩いた「大山詣り」の道は、2016年に日本遺産にも認定されました。観光地としての顔の奥にある、人々の祈りの歴史もあわせて眺めてみてください。
1. 大山と大山阿夫利神社
大山は、伊勢原市・秦野市・厚木市にまたがる標高1,252メートルの山で、丹沢大山国定公園に含まれています。整った三角形の山容は遠くからもよく目立ち、古くから信仰の対象でした。山頂には大山阿夫利神社の本社があり、中腹には下社が鎮座します。下社へは大山ケーブルカーで上がることができます。
別名の雨降山は、山の上に雲や霧が湧きやすく、雨を降らせる山だと考えられたことに由来します。雨乞いの神として、農民の厚い信仰を集めました。江戸時代の半ば以降は、御師と呼ばれる人々の布教により各地に大山講がつくられ、庶民が夏の参詣に出かけました。滝で身を清め、山頂へ登って木太刀を納め、新しい木太刀を授かって持ち帰るという道筋で、当時は女人禁制の参詣でした。富士山と大山の両方に参る「両詣り」も盛んでした。
明治になると神仏分離と廃仏毀釈の波が押し寄せ、神仏習合の時代に栄えた大山寺は大きな打撃を受けました。神社の名称も旧来の阿夫利神社に戻っています。山には天狗の信仰も伝わり、江戸時代までは山頂の摂社が大天狗と小天狗を祀る社でした。これは推察だが、江戸の庶民にとって大山は、行ける範囲にある身近な霊山であり、信仰と行楽を兼ねた小さな旅の目的地だったのでしょう。現役の神社ですので、参拝の際は静かにお過ごしください。
2. 日向薬師(宝城坊)
日向薬師は、伊勢原市日向にある高野山真言宗の寺院で、正式には宝城坊といいます。かつては日向山霊山寺と称し、十数の坊を抱える大きな寺でしたが、明治初期の廃仏毀釈で多くの建物を失い、現在は別当坊だった宝城坊が寺籍を継いでいます。本尊は平安時代前期の作とされる薬師三尊で、のみの跡を残した鉈彫りという技法で彫られています。
寺伝では、716年に行基が開いたとされています。ただ、境内から奈良時代にさかのぼる寺院の跡は見つかっておらず、実際の創建は10世紀ごろと考えられています。鎌倉時代の歴史書には、源頼朝の妻・北条政子の安産祈願のために当寺で読経が行われたことや、頼朝が娘の大姫の病の平癒を祈って自ら参詣したことが記されています。
現在の本堂は、江戸時代の1660年に修造された茅葺きの建物で、国の重要文化財です。境内には、樹齢約800年とされる幡かけ杉があり、県の天然記念物に指定されています。眼病に霊験があるとされる薬師として今も信仰を集めており、周囲の森は散策路として整えられています。現役の寺院ですので、参拝の配慮をお願いします。当サイトの見方では、都市に近い場所に古い茅葺きの堂と大木が残っているのは、里山の暮らしが寺を支え続けてきたからです。
3. 石雲寺
石雲寺は、日向地区にある曹洞宗の寺院です。伝えによれば、718年に華厳妙瑞法師が開いたとされます。法師はこの土地で、壬申の乱に敗れた大友皇子が落ち延びたという話を聞き、皇子の菩提を弔うために寺を建てたと語られています。
史実として皇子が伊勢原の地へ来たという確証はありません。それでも、天智天皇の子として朝廷で生きた人物の最期を、遠い相模の山あいの人々が語り継いできたことは興味深い事実です。当初は法相宗の寺でしたが、15世紀後半に天渓宗恩が中興して曹洞宗に改めたとされます。
寺には、戦国期の北条幻庵の印判状が伝わり、市の指定文化財になっています。これは推察だが、敗れた皇子の物語が土地に根づいたのは、勝者の歴史に残らなかった人への追慕を、山里の人々が大切にしてきたからかもしれません。大きな観光地ではないため、静かな環境を乱さないよう、参拝の際はご配慮ください。
4. 大山寺(大山不動)
大山寺は、真言宗大覚寺派の寺院で、「大山不動」の名でも親しまれています。本尊は不動明王で、高幡山金剛寺、成田山新勝寺と並んで「関東の三大不動」に数えられることがあります。『大山寺縁起』には、東大寺の初代別当だった良弁が、755年に聖武天皇の勅願寺として開いたと記されています。
鎌倉時代には、糟屋氏が源頼朝の御家人となったことで、鎌倉幕府の庇護を受けました。1192年には、頼朝が政子の安産を祈って、相模国の寺社に神馬を奉納した記録があります。鎌倉時代の願行房憲静が、蒙古の襲来に備えた祈りの末に造ったとされる鉄造の不動明王像が、大山寺のもので、国の重要文化財に指定されています。
江戸時代、大山は江戸近郊の観光地として賑わい、その様子は落語『大山詣り』にも描かれました。明治の廃仏毀釈では大山寺も大きな打撃を受け、のちにかつての女坂の途中へ場所を移して再建されました。信仰の場を移されても、不動明王の像と祈りが守られ続けたという点に、この寺の粘り強さが感じられます。現役の寺院ですので、参拝の配慮をお願いします。
5. 洞昌院と太田道灌の墓
洞昌院は、上粕屋にある曹洞宗の寺で、境内の西側に太田道灌の墓とされる宝篋印塔があります。この墓は伊勢原市の史跡に指定されています。寺は道灌が開基となり、江戸城を築いた翌年に建てられたと伝えられています。道灌は武士としてだけでなく、信仰心にも篤い人物だったとされます。
道灌は1486年7月26日、55歳のときに、上杉氏の内紛に巻き込まれて暗殺されました。襲撃の地は、市内の糟屋館だったと伝えられます。亡くなった後は、洞昌院の裏山で荼毘に付され、胴をここに、首を下糟屋の大慈寺に葬ったという言い伝えが残ります。毎年7月26日には、子孫の人々による道灌忌が営まれます。
洞昌院には、山門に扉をつけてはならないという言い伝えがあります。また、墓の西には道灌に従った家臣たちを葬った「七つ塚」があったとされ、いまは一つだけが残っています。当サイトの見方では、扉のない門や、主君のそばに眠る従者の塚は、悲劇の記憶を絶やさないために、土地の人々が選んだ形なのかもしれません。墓所ですので、静かに手を合わせる姿勢で訪れてください。
6. 比々多神社
比々多神社は、伊勢原市三ノ宮に鎮座する旧相模国最古級の神社で、「三ノ宮」の地名もこの社に由来します。927年にまとめられた『延喜式神名帳』に載る相模国の式内社の一つとされ、毎年5月5日に大磯町で行われる国府祭に参加する相模五社の一つで、国の三宮にあたります。
境内や近隣の発掘では、縄文時代中期の環状に石を並べた遺構と、その中の立石が見つかっています。これが祭祀の跡と推定されることから、神社側は、神社の淵源が縄文の原初的な山岳信仰にまでさかのぼる可能性がある、としています。大山の東南の麓に鎮座していることから、最初は大山を遠くから拝む場所だったのではないか、という見方もあります。
1184年には、源頼朝が大規模な社殿の再建を行い、1192年には政子の安産祈願のため、神馬が奉納されました。大山を中心とする信仰は、武家にも庶民にも支えられてきました。この神社は、大山阿夫利神社、大山寺、日向薬師とともに、日本遺産の構成文化財に数えられています。現役の神社ですので、参拝の際はお静かにお願いします。
7. 伊勢原大神宮
伊勢原大神宮は、伊勢原駅の北西、徒歩10分ほどの住宅地の中に鎮座する神社です。市名の由来にもつながる場所で、1620年に、この地を開拓した伊勢出身の山田曽右衛門と、鎌倉出身の湯浅清左衛門が、伊勢神宮から祭神を迎えて創建したとされます。
内宮に天照大御神、外宮に豊受姫大神を祀り、伊勢神宮と同じ構成になっているのが特色です。新しい土地を拓く人々が、故郷の信仰を移して心の拠りどころにした姿が、神社の成り立ちに表れています。町の名前に「伊勢」の字が入っているのは、開拓者の郷里の記憶が地名に刻まれた結果です。
毎年9月の例大祭や、6月末の茅の輪神事など、四季の行事が営まれています。観光地として大きく宣伝される場所ではありませんが、これは推察だが、約400年前に始まった開拓のささやかな記録として、この社が地域の歴史を静かに支えているのでしょう。現役の神社ですので、散策の際は参拝の配慮をお願いします。
名物・食べ物・飲み物
伊勢原の名物として語られるのが、大山こまです。大山阿夫利神社への参詣の土産物として、江戸時代の中ごろから知られるようになった郷土玩具で、ミズキなど大山に育つ木を使い、ろくろで挽いて作られます。よく回ることから「金運がついて回る」という縁起にも結びつけられ、人気を集めました。1773年の絵本にも描かれており、当時すでに名物だったことがわかります。
大山こまの製作技術は、2017年に伊勢原市の無形民俗文化財に指定され、2023年には国の選択無形民俗文化財にも選ばれました。こまを作る木地師は、300年以上前に今の小田原市の早川を経て、伊勢原へ移り住んだと伝わります。参詣の旅が、土地に新しい職人を呼び寄せたとも言えるでしょう。
このほか、大山詣での土産品として大山まんじゅうが知られています。市内では稲作や果樹作、酪農といった農業も、神奈川県内では盛んなほうだとされます。参詣道の門前町と、平野の農業という二つの顔が、伊勢原の食と土産を形づくっています。
珍しい生き物・自然
大山は、南の相模湾から吹く湿った風が山にぶつかると雲がたまりやすいため、曇りや雨の日が多い山とされます。雨降山という別名は、こうした気象の実感に根ざしたものでしょう。市の中心部が平野のため、東京が晴れていても、伊勢原では雨ということがあるそうです。
日向薬師の境内には、幡かけ杉のほか、ケヤキやタブノキなどの自然の林が残り、県の天然記念物に指定されています。周囲の山林は「日向薬師の森」として保全され、散策道が整えられています。都市化の進んだ関東の中で、寺の信仰が森を守ってきた例と言えます。
市内を通る伊勢原断層も、この土地の成り立ちを物語ります。大山から運ばれた土砂が積もってできた扇状地の上に、市街地が築かれている点は、地図で眺めてもわかる特徴です。山と平野が近い地形が、信仰と暮らしの両方を支えてきました。
そのほか、この町の特筆すべきこと
毎年10月初旬には、伊勢原観光道灌まつりが開かれます。太田道灌の鷹狩りを再現した行列や、北条政子が日向薬師へ詣でた様子を再現する行列、観光総おどりなどが行われる、市内最大の催しです。歴史上の人物を、地元の祭りとして現在に呼び戻している点が特徴です。
市内の国道や県道の多くは、江戸時代の大山道がもとになっています。江戸や戸塚、江の島、平塚、八王子、甲州方面など、各地から大山へ向かう道が、今の道路網の骨格になりました。大山詣りが、土地の交通の形まで決めたと言えます。
1929年に小田急電鉄の小田原線が開通し、伊勢原駅ができたことで、東京方面から参詣客が訪れやすくなりました。やがて住宅開発が進み、1960年代の終わりごろから、東京の郊外のベッドタウンとして発展していきます。長野県茅野市とは1986年に姉妹都市の提携を結んでいます。
夜の顔:この町の怪談と心霊スポット
ここまで、伊勢原市の昼の顔を歩いてきました。雨を降らせる山、薬師の霊場、武将の墓所、古い神社。どの場所にも、人々が祈り、悼み、土地を拓いてきた時間が重なっています。
その厚みは、夜の顔にもつながります。伊勢原には、武将の最期にまつわる言い伝えや、天狗の信仰が残っていますが、それらは土地の記憶として語り継がれてきたもので、面白半分に訪ね歩く場所ではありません。当サイトの見方では、怪談とは、土地の歴史や人々の思いが、夜の闇に落とした影のようなものです。
鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。
お出かけの前に
営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。
よくある質問
Q. 伊勢原市の観光は、どの順番で回ると効率がよいですか?
A. この記事は北から順に紹介しています。大山と日向薬師は山沿い、洞昌院、比々多神社、伊勢原大神宮は市街地寄りにあります。山のスポットは距離があるので、移動手段と時期を、市や観光協会の公式情報で確認してください。
Q. 大山の登山は初心者でもできますか?
A. 下社までは大山ケーブルカーで上がることができますが、山頂までは登山になります。天候や体力、装備に合わせた計画が必要です。最新の登山道の状況は、公式の案内で確認してください。
Q. 名物や土産には何がありますか?
A. 大山こまや大山まんじゅうが知られています。店ごとに内容は変わるため、出かける前に最新の情報を確認してください。
参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/伊勢原市
https://ja.wikipedia.org/wiki/大山_(神奈川県)
https://ja.wikipedia.org/wiki/大山阿夫利神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/大山寺_(伊勢原市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/日向薬師
https://ja.wikipedia.org/wiki/石雲寺_(伊勢原市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/洞昌院_(伊勢原市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/比々多神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/伊勢原大神宮
https://ja.wikipedia.org/wiki/大山こま
この周辺の心霊スポット
昼の顔とは別に、この土地には夜の顔もあります。興味があれば、記録として読んでみてください。立入に注意が必要な場所も含まれます。
