鴉番組 KARASU CHANNEL
N 35°41′ / E 139°41′
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HOMESIGHTSEEING足利市の観光スポット|足利氏の故郷、学びの跡と織物の町を北から歩く

足利市の観光スポット|足利氏の故郷、学びの跡と織物の町を北から歩く

監修:鈴king.(鴉番組/オカルト・ホラー取材7年)

目次

この町の観光スポット(北から順)

番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。

  1. 名草巨石群 足利市北部の山あいに横たわる巨石の群れ。国の天然記念物で、弁慶の割岩や胎内くぐりが知られる。
  2. 両崖山と足利城跡 標高約250メートルの両崖山に残る山城の跡。足利氏発祥の伝承と、戦国の長尾氏の記憶が重なる。
  3. 織姫神社 織物の町・足利の守り神をまつる、織姫山の朱塗りの社。市街を見下ろす眺望でも知られる。
  4. 鑁阿寺 足利氏の館の跡に建つ真言宗の寺。土塁と堀に囲まれた境内に、鎌倉期の国宝の本堂が残る。
  5. 史跡足利学校 中世に「坂東のアカデミー」と称えられた学問の場。孔子廟や学校門、復原された方丈が残る国の史跡。
  6. 草雲美術館 幕末の画家・田崎草雲の作品を伝える市立美術館。画室だった「白石山房」の門内に建つ。
  7. 渡良瀬橋 渡良瀬川にかかる昭和初期のトラス橋。夕日と歌碑で知られ、足利の暮らしを見守ってきた。
MAP DATA © OPENSTREETMAP CONTRIBUTORS
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
所在地
栃木県足利市
最終確認
2026.10.05
ご注意
営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。

足利市ってどんな町?

足利市は、栃木県の南西部にある市で、中央を渡良瀬川が流れます。北には足尾山地が連なり、南には関東平野が広がる、山と平野の境目にあたる土地です。1921年1月1日に市制を施行し、県内では2番目の市として歩み始めました。2021年には、市制100周年を迎えています。

足利は、清和源氏の流れをくむ足利氏の発祥の地として知られます。のちに室町幕府を開く一族の故郷であり、中世には日本の学問の中心のひとつだった足利学校が置かれました。同時に、古くから織物の産地として栄え、大正から昭和初期には銘仙の産地として全国に名が知られた町でもあります。

この記事では、市内の観光スポットを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。山あいの巨石から始まり、山城の跡、神社、学校、寺、そして渡良瀬川の橋へと南下していく道筋です。武家と学問と織物という、足利の三つの顔を眺めてみてください。

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1. 名草巨石群

名草巨石群は、足利市の北の端、名草地区の杉木立の中に、丸みを帯びた大きな岩が連なる場所です。国の天然記念物に指定されており、足利を代表する自然の景勝地のひとつです。県の自然公園の案内では、約14キロのハイキングコースの出発点としても紹介されています。

代表的な岩として知られるのが、真っ二つに割れた巨大な「弁慶の割岩」です。弁慶の名を冠したその呼び名には、土地に語り継がれる伝承が重なっています。また、岩のあいだを通り抜ける「胎内くぐり」は、安産祈願の場として親しまれてきました。高さが11メートルを超える巨岩もあり、見上げると、地球の営みが残した大きな造形に圧倒されます。

岩のすぐそばには、名草厳島神社があり、弁財天がまつられています。自然の巨岩に神仏を見いだしてきた人々の祈りの歴史が、今も静かに息づいている場所です。参拝や見学のときは、地域の方々の信仰の場であることを忘れずに、静かに歩いてください。山道には湿った岩場もあるため、足元の安全に十分気をつけて訪れましょう。

2. 両崖山と足利城跡

両崖山は、足利市街の北にそびえる標高約250メートルの山で、その頂に足利城の跡が残ります。足利織姫公園などとともに、県立自然公園の一部として保全されています。城の始まりについては、1054年に藤姓足利氏の初代・足利成行が築いたと伝えられますが、現在見られる構造は16世紀ごろのもので、実質的には1512年以降に長尾景長が整えたと考えられています。

足利城は、4度の合戦の舞台になったとされます。1455年には、足利成氏と上杉氏の家臣である長尾氏との戦いがありました。1564年には上杉謙信と佐野昌綱の戦いが、1584年には北条氏勝と長尾顕長・佐野宗綱の戦いがあり、1590年ごろの豊臣秀吉による小田原征伐のなかで城は廃されました。関東の覇権争いの中で、小さな山城が何度も翻弄された歴史がうかがえます。

現在は山頂付近に遺構が保存されており、市が文化財として管理しています。山道を歩くと、曲輪の跡や、見張りに適した眺望が見えてきます。当サイトの見方では、武家の栄華を象徴する足利氏の故郷が、実は戦いに振り回された小さな山城に支えられていたという事実が、この場所の最も胸に残る部分です。山道は険しい箇所もあるため、天候と足元に注意してください。

3. 織姫神社

織姫神社は、足利市街を見下ろす織姫山の中腹にある神社です。1705年(宝永2年)に地域の人々によって創建され、織物の守り神として信仰されてきました。足利の織物は、1200年以上の伝統をもつといわれます。町の暮らしを支えた糸と布への感謝が、この社に込められています。

現在の社殿は1937年に完成し、平等院鳳凰堂をモデルにした朱色の姿が特徴です。2004年には、社殿・神楽殿・社務所・手水舎が国の登録有形文化財になりました。この神社は、織姫山の公園とともに、足利市街と渡良瀬川を見渡す景勝地としても知られ、2014年には日本夜景遺産に認定されています。

縁結びのご利益があるとされ、2014年には「恋人の聖地」にも選ばれました。足利の人々にとっては、町の産業の守り神であり、同時に暮らしの節目に訪れる身近な社でもあります。現役の神社ですので、参拝するときは、地域の方々の祈りの場であることを意識して、静かな気持ちで訪れたいところです。

4. 鑁阿寺

鑁阿寺は、足利氏の館の跡に建つ真言宗大日派の本山で、本尊は大日如来です。始まりは、1196年(建久7年)に足利義兼が、自分の居館の中に持仏堂「堀内御堂」を建てたことと伝えられます。境内の周囲には、今も土塁と堀がめぐり、鎌倉時代前後の武士の館の面影が保たれています。「足利氏宅跡」として、1922年3月8日に国の史跡に指定されました。

本堂は、1299年(正安元年)に建てられたもので、その後、1407年から1432年にかけて大規模な改造が行われたとされます。2013年8月7日に国宝に指定されました。禅宗様を基調とした密教の仏堂で、関東地方における禅宗様の古い例として貴重な建築とされています。多宝塔は栃木県の指定有形文化財です。

鑁阿寺は、足利氏の菩提を弔ってきた寺であり、のちに天下を動かす一族の起点でもあります。堀と土塁に囲まれた静かな境内を歩くと、武士の館が寺へと姿を変え、八百年以上も祈りが続いてきたことに、重みを感じます。現役の寺院ですので、参拝するときは、境内での作法を守って静かに歩いてください。

5. 史跡足利学校

足利学校は、中世に日本の学問の中心として栄えた教育機関の跡で、日本最古の学校ともいわれます。創建には諸説があり、平安時代の小野篁が創設したという説、鎌倉時代の足利義兼が創設したという説、15世紀に上杉憲実が再興したという説などがあります。実際には、1432年に上杉憲実が再興に力を尽くし、1447年には「学規三ヶ条」を定めたことが知られています。

ここでは僧侶が教師を務めましたが、教えの中心は儒学で、仏教色を排したことが特徴でした。易学・兵学・医学も教えられ、学費は無料だったと伝わります。16世紀前半には九華という名僧が再興し、学生は3000人に及んだとされます。宣教師フランシスコ・ザビエルは、足利学校を、日本で最も規模が大きく名高い坂東の学問所として書き残し、ルイス・フロイスも、全国に一つだけの公開された大学と評しました。

1590年の小田原征伐で庇護者を失い、学校は衰えて、1872年に廃校となりました。1921年に国の史跡に指定され、1990年には方丈や庭園が復原公開されました。孔子廟や学校門も残り、2015年には「近世日本の教育遺産群」として日本遺産に認定されています。毎年11月23日には、孔子をしのぶ釈奠にちなんだ「学校さままつり」が開かれます。学問を重んじた先人の志を静かに感じられる場所です。

6. 草雲美術館

草雲美術館は、足利公園の中にある市立の美術館で、幕末の画家・田崎草雲の作品や遺品、書籍を収蔵し、公開しています。草雲は、「富嶽図」「蓬莱山図」などで知られる画家です。館が建つのは、草雲が画室として使っていた「白石山房」の門内で、画家が過ごした場所そのものの空気を伝えています。

この美術館は、1968年2月に、鈴木栄太郎が私費で建設し、同年4月に足利市へ寄付されたものです。個人の志によって公共の美術館が生まれたという成り立ちには、地域の文化を守ろうとした人々の姿が重なります。敷地内には、茅葺きの旧宅や茶室もあり、画家の暮らしの跡をうかがうことができます。

足利には、足利学校に代表される学問の伝統があり、織物を通じた色や柄の美意識が育った土地でもあります。これは推察だが、そうした環境が、幕末に草雲のような画家を育てたのではないでしょうか。展示の内容は時期によって変わるため、訪れる前に市の案内で確認してください。

7. 渡良瀬橋

渡良瀬橋は、足利市街の南を流れる渡良瀬川にかかる橋です。最初の橋は1891年(明治24年)7月20日に架けられた木造の橋で、足利が織物の町として栄えた時代の勢いを映していました。現在の橋は1934年(昭和9年)11月に完成した6径間のワーレントラス橋で、長さは約243メートル、幅は5.5メートルです。

新しい橋が必要になった背景には、軍の訓練で重い車両を通すための強度が求められたことがありました。現在の橋は歩行者や自転車の通行が禁じられ、すぐ上流に歩行者用の橋が並んでいます。夕日と橋が重なって見える眺めは、この町の風景のひとつとして親しまれています。

歌手・森高千里が、この橋をモデルにした楽曲「渡良瀬橋」を歌ったことで、全国に知られるようになりました。橋と夕日を同時に見られる場所には、2007年に歌碑が建てられています。歌詞に出てくる八雲神社なども近くにあり、町を歩きながら、歌の世界を重ねて味わえます。川は、足利の暮らしを支えてきた存在であると同時に、1947年のカスリーン台風では氾濫して大きな被害をもたらした、という歴史も忘れずにいたいところです。

名物・食べ物・飲み物

足利の名物として最初に挙げたいのが、ポテト入り焼きそばです。戦後の屋台で、しょうゆで味つけした揚げ芋が子どもたちのおやつとして売られ、そこにソースが加わり、さらに麺と合わさって生まれたと伝えられます。角切りのじゃがいもをキャベツや豚肉とともに、水ではなく鶏のだしで煮るように蒸し焼きにするのが特徴で、市内の20を超える店が、それぞれ独自のソースで作っています。

そのほかにも、足利には素朴な粉ものの文化があります。足利シュウマイは、玉ねぎと片栗粉を使った、独特の食感で知られます。いもフライは、足利や佐野の郷土料理として親しまれ、出流地区の出流そばは、参詣客でにぎわってきた土地の味です。焼きそばソースを作る食品会社も市内にあるなど、粉ものを楽しむ土地柄がうかがえます。

味は店ごとに違います。店の営業日や内容は変わりやすいため、出かける前に最新の情報を確認してください。

珍しい生き物・自然

足利の自然は、山と川の組み合わせが特徴です。市街地の北には足尾山地の山並みが広がり、両崖山や織姫山は、足利県立自然公園の一部として親しまれています。織姫山の標高は約118メートルで、市街と渡良瀬川を見渡せます。

名草巨石群は、国の天然記念物に指定された巨岩の集まりで、杉の木立の中にそびえる姿が印象的です。行道山には、早春から春にかけて、岩場にトウゴクミツバツツジの赤紫の花が咲くと紹介されています。

市の東部にあるあしかがフラワーパークの大藤は、栃木県の天然記念物です。1996年2月に、約20キロ離れた場所から、日本の女性樹木医第1号とされる塚本こなみの手で移植されました。樹齢は2021年時点で約160年とされ、藤棚の面積は約2000平方メートルにおよびます。大きな木を移すという前例のない挑戦が成功したことは、人と樹木の営みを考えさせてくれます。

そのほか、この町の特筆すべきこと

足利は、織物の町として知られます。古くから織物の産地として知られ、徒然草にもその名が登場するといわれます。大正から昭和初期には、平織りの絹織物である銘仙の主要な産地となり、鮮やかな色使いの大正ロマンを感じさせる柄で人気を集めました。群馬県桐生市とともに、関東の織物の中心を担った土地です。

毎年4月29日には春の花火大会が、8月の第1土曜日には夏の花火大会が、渡良瀬川の河川敷で開かれます。また、ゴールデンウィークには足利まつりが市内各地で行われます。日程や内容は年によって変わるため、見物する際は最新の案内を確認してください。

2015年4月には、足利学校の遺跡が「近世日本の教育遺産群」の一つとして日本遺産に認定されました。武家の故郷、学問の中心、織物の産地という複数の顔が、足利の奥行きを形づくっています。

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夜の顔:この町の怪談と心霊スポット

ここまで、足利市の昼の顔を歩いてきました。足利氏の館の跡、学問を求めた人々、戦に翻弄された山城、機を織る音。どの場所にも、人が暮らし、学び、時に戦乱に巻き込まれてきた時間が重なっています。

その厚みは、夜の顔にもつながります。山あいや城跡、川辺には、よく語られる噂話がありますが、場所は特定されておらず、探し歩くことは勧めません。当サイトの見方では、怪談とは土地の歴史や地形が、人の心に落とした影のようなものです。山城の戦いや、川の氾濫の記憶を知るほど、静かな場所への敬意が深まります。

鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。

お出かけの前に

営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。

よくある質問

Q. 足利市の観光は、どの順番で回ると効率がよいですか?

A. この記事は北から順に紹介しています。市街地の足利学校、鑁阿寺、織姫神社、渡良瀬橋は近い距離にまとまっており、徒歩でも回れます。名草巨石群は市の北の端にあるため、移動手段と季節の道路状況を事前に確認してください。

Q. 足利市の名物は何ですか?

A. ポテト入り焼きそば、足利シュウマイ、いもフライ、出流そばなどの粉ものがよく知られています。店ごとの内容は変わるため、出かける前に最新の情報を確認してください。

Q. 寺社を訪れるときの注意はありますか?

A. 鑁阿寺、織姫神社、名草厳島神社はいずれも信仰の場です。参拝の作法を守り、境内では静かに過ごしてください。撮影や立ち入りの可否は、各所の案内に従ってください。

参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/足利市
https://ja.wikipedia.org/wiki/足利学校
https://ja.wikipedia.org/wiki/鑁阿寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/織姫神社_(足利市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/あしかがフラワーパーク
https://ja.wikipedia.org/wiki/足利城
https://ja.wikipedia.org/wiki/草雲美術館
https://www.pref.tochigi.lg.jp/d04/eco/shizenkankyou/shizen/ashikaga.html
https://www.tochinavi.net/spot/home/?id=16474
https://tabi-mag.jp/tg0322
https://www.gltjp.com/ja/directory/item/11494/
https://kotobank.jp/word/足利
https://www.athome.co.jp/vox/series/life/32734/
https://www.agrinet.pref.tochigi.lg.jp/tochigi_event/data/road/6_road_guide.pdf

鴉番組

監修者:鈴king.

所属:鴉番組

取材歴:オカルト・ホラー取材7年目(2020年〜)

フォロワー数:YouTube 5,000人超え・X 25,000人超え

現地取材:30件以上

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