鴉番組 KARASU CHANNEL
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HOMESIGHTSEEING新宿区の観光スポット|宿場町の庭と坂道、超高層が並ぶ副都心

新宿区の観光スポット|宿場町の庭と坂道、超高層が並ぶ副都心

監修:鈴king.(鴉番組/オカルト・ホラー取材7年)

目次

この町の観光スポット(北から順)

番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。

  1. 戸山公園(箱根山) 尾張藩の大名庭園「戸山荘」の跡に生まれた公園。山手線の内側で一番高い、標高44.6mの築山がある。
  2. 赤城神社 牛込の鎮守として長く信仰を集めてきた神社。戦災からの再建を経て、新しい意匠と深い杜が同居する。
  3. 新宿区立漱石山房記念館 新宿区生まれの文豪・夏目漱石が晩年を過ごした書斎「漱石山房」を再現した記念館で、資料も多い。
  4. 花園神社 内藤新宿の昔から新宿の総鎮守として祀られてきた神社。繁華街の真ん中に、古い信仰が息づく。
  5. 東京都庁舎 丹下健三が設計した、新宿のシンボルとなる巨大庁舎。1991年に丸の内から移転し、都の中枢となった。
  6. 須賀神社 四谷十八ヵ町の総鎮守として「天王様」の名で親しまれた神社。江戸の外堀普請にまつわる遷座の歴史を持つ。
  7. 新宿御苑 信濃高遠藩・内藤家の下屋敷を前身とする約58haの庭園。日本・英国・フランスの庭が並ぶ都心のオアシス。
MAP DATA © OPENSTREETMAP CONTRIBUTORS
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
所在地
東京都新宿区
最終確認
2026.10.06
ご注意
営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。

新宿区ってどんな町?

新宿区は、東京都の西部にある特別区で、都庁の所在地でもあります。1947年に牛込区・四谷区・淀橋区が合併して生まれたため、区の中に性格の異なる地域が点在しています。超高層ビルが林立する西新宿、日本最大級の繁華街、学生街の高田馬場、古い町並みの残る神楽坂など、一つの区とは思えないほど表情が違います。

この記事では、区内の観光スポットを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。尾張藩の庭の名残から始まり、神楽坂の社、文豪の書斎、宿場町の鎮守、巨大な庁舎、大名屋敷を前身とする庭園へと南下していきます。にぎやかな街の足元にある江戸と近代の時間を、拾い集めるように歩いてみてください。

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1. 戸山公園(箱根山)

戸山公園は、新宿区にある都立公園で、明治通りをはさんで大久保地区と箱根山地区に分かれています。江戸時代、この一帯は尾張藩徳川家の下屋敷で、2代藩主・徳川光友のもとで回遊式庭園「戸山荘」として整えられました。東海道の小田原宿を模した街並みなど、二十五の景がしつらえられた壮大な庭で、将軍が訪れたこともあったと伝わります。

その中心にあった築山が、箱根山に見立てた玉円峰で、今の箱根山にあたります。標高は44.6mで、山手線の内側ではいちばん高い地点とされています。庭園は幕末の火災などで荒れ、明治になると陸軍戸山学校をはじめとする軍の施設が置かれました。戦後は軍事施設が廃止され、1954年に公園として開園しています。

箱根山付近は桜が多く、花見の名所です。秋には、近くの穴八幡宮の伝統行事である流鏑馬が行われ、行列が公園まで練り歩きます。庭園から軍用地、そして公園へと姿を変えた土地の履歴を知ってから登ると、小さな山にも深い時間の層が感じられます。

2. 赤城神社

赤城神社は、神楽坂の北側、赤城元町に鎮座する神社です。伝承では、鎌倉時代の正安2年(1300年)に、上野国の赤城山の麓から牛込へ移り住んだ大胡氏が、故郷の神を勧請して創建したとされます。寛正元年(1460年)には太田道灌によって牛込台へ移され、弘治元年(1555年)に現在地へ遷座したと伝わります。江戸時代には牛込の鎮守として人々の信仰を集めました。

社殿は天保13年(1842年)の火災で焼け、昭和20年(1945年)4月の空襲でも全焼しています。戦後は本殿、拝殿と順に再建され、2010年にかけて境内を建て替える「再生プロジェクト」が行われ、地元在住の建築家が意匠の監修を担いました。この取り組みは2011年度のグッドデザイン賞も受けています。

神楽坂は、戦災の被害が比較的軽かった牛込地域にあり、古い町並みや路地が残る場所として知られます。赤城神社に立ち寄るときは、現役の神社として、静かな参拝を心がけてください。境内のたたずまいを味わいながら、坂の多い町の暮らしの時間に思いをはせると、街歩きの輪郭がはっきりしてきます。

3. 新宿区立漱石山房記念館

漱石山房記念館は、夏目漱石の生誕150年を記念して、2017年9月24日に開館した新宿区立の施設です。漱石は新宿区で生まれ育ち、1916年に亡くなるまでの約9年間を、現在の早稲田南町にあった自宅「漱石山房」で過ごしました。門下の文人たちが集うサロンのような場でもありましたが、昭和20年(1945年)の空襲で焼失しています。

戦後、敷地の半分は「漱石公園」となり、残りは住宅として使われていました。2011年に建て替えの機会を迎えた区が、公園の敷地と合わせて山房を再現した記念館を建てることを決め、現在の姿になりました。『道草』や『明暗』の草稿、弟子に宛てた葉書、初版本など、貴重な資料が収められています。

記念館の周りは、いまも坂道と住宅が入り組む静かな町です。漱石が散歩した道を想像しながら歩くと、文学の舞台が机上の物語ではなく、実在の町と結びついていることがよく分かります。これは推察だが、人の多い新宿の街から少し外れたこの静けさこそが、晩年の漱石に腰を据えて書く時間を与えたのかもしれません。

4. 花園神社

花園神社は、新宿の街の中心にある神社で、江戸時代に内藤新宿が開かれて以来、新宿の総鎮守として祀られてきました。創建の由来ははっきりしませんが、徳川家康が江戸に入った1590年にはすでに存在し、大和国の吉野山から勧請されたと伝えられます。もとは現在地の南にありましたが、寛政年間に土地の事情で、尾張藩の下屋敷の庭の一部だった現在地へ移りました。

社名の「花園」は、移った先がもともと多くの花が咲く場所だったことに由来すると伝わります。明治以降の合祀や建て替えを経て、現在の社名と姿になりました。境内には芸能の神を祀る社があり、劇団が催しを行うなど、芸能とのつながりが深いのも特徴です。毎年11月の酉の日には、酉の市が開かれます。

周囲は日本屈指の繁華街で、人通りが絶えませんが、鳥居をくぐると空気が変わります。宿場町として発展した新宿の歴史を、神社は黙って見てきたのだと感じられます。現役の神社ですので、参拝の作法に配慮し、静かな気持ちでお過ごしください。

5. 東京都庁舎

東京都庁舎は、西新宿にある東京都庁の庁舎で、第一本庁舎、第二本庁舎、都議会議事堂の3棟からなります。1990年12月に完成し、翌1991年に、それまでの丸の内から移転して業務を始めました。移転をめぐっては長い議論があり、跡地には後に東京国際フォーラムが建てられています。設計は指名コンペを経て、建築家・丹下健三の案が採用されました。

第一本庁舎は高さ約240mで、上部が二つに分かれた双塔の形をしており、遠くからでもすぐに分かります。この形は、巨大な建物の圧迫感をやわらげるための工夫で、ヨーロッパの大聖堂に近い比率を意識したとも言われます。戦後の新宿は、淀橋浄水場の跡地を中心に開発された副都心で、この庁舎はその象徴的な存在です。

江戸時代に宿場町として始まり、近代には浄水場が置かれ、現代には超高層ビルが並ぶ。新宿は、時代ごとに役割を変えてきた土地です。足元の広場から見上げる庁舎は、そうした変遷の到達点の一つだと言えます。

6. 須賀神社

須賀神社は、四谷の須賀町にある神社で、江戸時代には「四谷総鎮守の天王様」として信仰を集めました。始まりは寛永11年(1634年)で、赤坂一ツ木村にあった稲荷神社を、江戸城の外堀普請のために四谷へ移したことによるとされます。寛永14年(1637年)には、日本橋大伝馬町の鎮守として祀られていた牛頭天王を合祀しました。

明治元年(1868年)の神仏分離で、境内にあった別当寺の宝蔵院は廃寺となり、社号も改められました。今でも、天王坂や天王横丁など、近隣の地名に往時の信仰の名残が見られます。社には、天保7年(1836年)に絵と書が奉納された「三十六歌仙絵」があり、新宿区の有形文化財に指定されています。

江戸城の外堀の工事が一つの神社の移転を生み、それが町の名前や坂の名前として残っていることは興味深い点です。四谷の路地を歩くときは、坂や町名に残る信仰の跡を探してみてください。現役の神社ですので、参拝は静かに行いましょう。

7. 新宿御苑

新宿御苑は、新宿区と渋谷区にまたがる環境省所管の国民公園で、面積は約58ヘクタールあります。もとは信濃高遠藩・内藤家の下屋敷で、1872年に農業の試験場となり、1879年に皇室の植物御苑、1906年に「新宿御苑」として開園しました。1945年5月の空襲で施設がほぼ全焼しましたが、戦後の1949年に国民公園として一般に開放されました。

園内の「玉藻池」を中心とする日本庭園は、内藤家の庭園「玉川園」の遺構とされ、安永元年(1772年)に完成したと伝わります。池の脇には、1896年建築の旧洋館御休所(国の重要文化財)や、昭和初期の台湾風の建物・旧御凉亭が残ります。11月には環境大臣主催の菊の展示会が開かれ、日本庭園が菊の花で彩られます。

大温室の歴史は明治期にさかのぼり、国内で初めてガラス張りの温室が建った場所とされます。現在の温室は熱帯・亜熱帯の植物と絶滅危惧種の保全に力を入れています。高いビルに囲まれながら、芝生と樹木が広がる光景は、都心にいるのを忘れさせてくれます。ここが宿場町・内藤新宿の名の由来となった大名屋敷の跡だと知ると、景色がいっそう立体的に見えてきます。

名物・食べ物・飲み物

新宿ならではの食の話題といえば、江戸野菜の「内藤とうがらし」です。江戸時代、信濃高遠藩・内藤家の下屋敷の菜園で栽培が始まったと伝わり、内藤新宿が開かれると、屋敷の野菜を売る青物市場で唐辛子とカボチャが評判になりました。やがて周辺の農家にも種が広がり、一帯の名産になったとされます。

明治以降は都市化で畑が失われ、この唐辛子も姿を消していきましたが、2009年に「スローフード江戸東京」の取り組みで復活し、新宿区内で栽培や普及の活動が続けられています。秋にはイベントも開かれ、薬味や調味料として使われています。宿場町の記憶が、一粒の唐辛子として現代の食卓に戻ってきたことになります。

珍しい生き物・自然

新宿区は繁華街のイメージが強いものの、緑の豊かな場所もあります。新宿御苑では日本庭園、芝生、温室と、多様な環境があり、野鳥や草花の季節の移り変わりを楽しめます。野鳥の子育ての時期には、そのエリアが立入禁止になるなど、生き物への配慮も行われています。

戸山公園の箱根山は、標高44.6mで山手線の内側の最高地点とされます。桜が多く植えられていて、春には花見客が訪れます。数字の上では小さな山ですが、都心の平らな地形の中では確かな「山」で、地形の面白さを体感できる場所です。

そのほか、この町の特筆すべきこと

新宿区は、東京都内で最も外国人が多い区として知られ、人口の約1割を外国人が占めるとされます。大久保周辺にはアジア系の飲食店や店が集まり、多国籍な雰囲気が漂います。同じ区内に、神楽坂のような古い町並みと、コリアタウンのような新しい文化が共存しているのは、新宿区の大きな特徴です。

新宿駅は、世界最大級の乗降客数を誇るターミナル駅です。江戸時代には、甲州街道最初の宿場として内藤新宿が置かれ、江戸四宿の一つに数えられました。宿場の東の入口には、玉川上水の水番所があった四谷大木戸がありました。人と物の出入口という役割は、300年たった今も続いています。

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夜の顔:この町の怪談と心霊スポット

夜の新宿は、歌舞伎町をはじめとする繁華街の灯りで眠らない街です。一方で、四谷には、歌舞伎の『東海道四谷怪談』にゆかりのある社寺が静かに残るなど、怪談の舞台としての顔もあります。当サイトの別記事では、新宿区にまつわる怪談や噂を記録しています。

これは推察だが、宿場町、軍用地、戦災、そして急速な再開発という、何度も土地の役割が入れ替わった履歴が、この街に「いわくのある場所」の物語を生みやすくしているのかもしれません。ただし、語られる話の多くは出典が曖昧です。立入が認められていない場所には近づかず、昼の姿を知ったうえで、記録として読んでください。

お出かけの前に

営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。

よくある質問

Q. 新宿区の観光は、どのように回るとよいですか?

A. 北部の神楽坂や漱石山房記念館、中央部の花園神社と都庁、南部の新宿御苑と須賀神社の三つに分けると回りやすくなります。駅から離れた場所もあるため、1日で全部を回らず、エリアごとに分けるのがおすすめです。

Q. 内藤とうがらしとは何ですか?

A. 江戸時代に、現在の新宿御苑にあたる内藤家の屋敷や周辺の農家で栽培された唐辛子で、江戸野菜の一つです。一度は姿を消しましたが、2009年に復活し、新宿区内で普及活動が続けられています。

Q. 神社を訪ねるときの注意点は?

A. 花園神社・赤城神社・須賀神社はいずれも現役の神社です。参拝の作法を守り、境内では静かに過ごしてください。撮影の可否や深夜の参拝については、各神社の案内に従ってください。

参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/新宿区
https://ja.wikipedia.org/wiki/新宿御苑
https://www.env.go.jp/garden/shinjukugyoen/
https://ja.wikipedia.org/wiki/戸山公園
https://ja.wikipedia.org/wiki/新宿区立漱石山房記念館
https://ja.wikipedia.org/wiki/花園神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/東京都庁舎
https://ja.wikipedia.org/wiki/赤城神社_(新宿区)
https://www.akagi-jinja.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/須賀神社_(新宿区)
https://ja.wikipedia.org/wiki/内藤新宿
https://ja.wikipedia.org/wiki/内藤とうがらし

鴉番組

監修者:鈴king.

所属:鴉番組

取材歴:オカルト・ホラー取材7年目(2020年〜)

フォロワー数:YouTube 5,000人超え・X 25,000人超え

現地取材:30件以上

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