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HOMESIGHTSEEING京都市右京区の観光スポット|愛宕山から太秦まで、都の西に重なる祈りの層

京都市右京区の観光スポット|愛宕山から太秦まで、都の西に重なる祈りの層

監修:鈴king.(鴉番組/オカルト・ホラー取材7年)

目次

この町の観光スポット(北から順)

番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。

  1. 常照皇寺 京北の山あいに建つ、北朝の光厳法皇ゆかりの禅寺。国の天然記念物の九重桜など、名桜と静かな森で知られる。
  2. 高山寺 栂尾の山中にある世界遺産の寺。「鳥獣人物戯画」を伝え、日本最古の茶園の伝承でも知られる。
  3. 愛宕山 標高924メートル、京都盆地の西北にそびえる信仰の山。火伏せの神として知られる愛宕神社の総本社が鎮座する。
  4. 神護寺 高雄山の中腹にある山岳寺院。和気清麻呂ゆかりで、空海と最澄が縁を結んだ、紅葉の名所としても名高い。
  5. 龍安寺 枯山水の石庭で世界に知られる禅寺。白砂に15の石を配した庭は、作者も意図も分からないまま、人を静かに引き込む。
  6. 仁和寺 宇多法皇が住んだ皇室ゆかりの門跡寺院。世界遺産で、遅咲きの御室桜と、移築された旧御所の建物で知られる。
  7. 大覚寺 嵯峨天皇の離宮を寺にした、皇室ゆかりの門跡寺院。日本最古の人工の庭池・大沢池と、いけばな嵯峨御流の本拠。
  8. 化野念仏寺 嵯峨野の奥にある、無縁仏を供養する寺。約8000体の石仏と石塔が肩を寄せ合う風景が、祈りの歴史を静かに語る。
  9. 天龍寺 足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために創建した、京都五山の第一位の禅寺。嵐山を借景にした曹源池庭園で名高い。
  10. 広隆寺 渡来系の秦氏が建てた京都府下最古級の寺。国宝の弥勒菩薩半跏像は、日本の古代彫刻の名品として知られる。
MAP DATA © OPENSTREETMAP CONTRIBUTORS
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
所在地
京都府京都市右京区
最終確認
2026.10.05
ご注意
営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。

京都市右京区ってどんな町?

右京区は、京都市の北西部に広がる区です。1931年に嵯峨町など10の町村が京都市に編入されて生まれ、1976年に西京区が分かれたのち、2005年には北桑田郡の京北町を迎えて、今では京都市の区の中で最大の面積を持ちます。南は市街地ですが、西と北は山あいで、桂川の上流から丹波高原へと続いていきます。

平安京ができた当時、京中に寺を建てることは禁じられていたため、西の郊外にたくさんの寺社が営まれました。渡来系の秦氏が拠点を置き、嵯峨天皇が離宮を築き、嵐山や嵯峨野には貴族が遊びました。この記事では、右京区の観光スポットを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。京北の山寺から始まり、愛宕山と高雄の山、嵯峨野の名刹、そして太秦へと南へ下る道筋です。

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1. 常照皇寺

常照皇寺は、右京区の北部、京北の山あいにある臨済宗の寺です。開いたのは、南北朝時代に北朝の初代天皇となった光厳法皇です。法皇は1352年、南朝の拠点で出家し、禅に帰依しました。都に戻ったのち、1363年ごろに丹波国の山国荘を訪れ、住む人のいなかった天台宗の寺を改めて、新しい寺として開いたのが始まりと伝えられます。

法皇は自ら庭を作り、裏山や滝など周りの景色に名を付けて、寺を取り巻く十の景色を選んだといわれます。それから2年後に亡くなり、この地に葬られました。権力争いに揺れた時代を生きた人が、最期に選んだのが、都から遠い山国の静けさだったという事実は、この寺に独特の重さを与えています。1579年には明智光秀の軍勢との戦いに巻き込まれて焼け、のちに後水尾天皇によって復興されました。

境内には、光明天皇が兄の光厳法皇を訪ねたときに御所から運んだと伝わる九重桜があり、樹齢は約650年、国の天然記念物です。一重と八重の花が同時に咲く御車返しの桜も知られています。周辺の森は、1994年に京都府の歴史的自然環境保全地域に指定されました。現役の寺ですので、参拝は静かに、境内の決まりに従ってください。

2. 高山寺

高山寺は、右京区の栂尾にある寺で、紅葉で名高い高雄の神護寺から、さらに奥へ入った山中に建っています。古くは神護寺の別院でしたが、鎌倉時代に華厳宗の僧・明恵が入って寺を立て直しました。1206年、後鳥羽上皇から栂尾の地を与えられた年が、今の寺の始まりとされます。寺の名は、「朝日がまず高い山を照らす」という意味の経典の言葉に由来します。

高山寺は、国宝の「鳥獣人物戯画」を伝える寺として世界的に知られます。ウサギやカエルが人間のように遊ぶ姿を墨で描いた絵巻で、甲乙丙丁の4巻から成ります。境内の石水院は、鎌倉時代の建物として唯一残るもので、国宝に指定されています。度重なる戦乱や火事のなかで、貴重な宝が守られてきたことに驚かされます。

明恵は、臨済宗を開いた栄西から茶の種を授かって境内に植えたという伝承があり、「日本最古の茶園」の石碑が建っています。栂尾の茶は、鎌倉時代の後期に、東国の武士にも欲しがられるほど評判になったといいます。世界遺産「古都京都の文化財」の一つでもあります。現役の寺ですので、静かな山の空気を壊さないよう、参拝してください。

3. 愛宕山

愛宕山は、右京区の北西部、かつての山城国と丹波国の境にそびえる標高924メートルの山です。山頂は京都市に属しますが、約1.5キロメートル西に市境があり、山体は亀岡市にまたがっています。京都盆地の東北にある比叡山と並んで、古くから信仰の対象とされてきました。山頂の愛宕神社は、全国に約900社あるという愛宕神社の総本社で、火伏せの神として京都の人々の厚い信仰を集めています。

この山は、歴史の転換点にも登場します。1582年、本能寺の変の直前に明智光秀がここに参詣し、連歌の会で「愛宕百韻」を詠んだと伝わります。亀岡側からの登山道は、光秀が通ったことから「明智越え」と呼ばれています。昭和の初めには、麓から山上へのケーブルカーとホテル、遊園地が造られて賑わいましたが、戦争の影響で廃線になり、再開されることはありませんでした。

主な登山道は、清滝からの表参道で、山頂まで約4.2キロメートルあり、登山口との標高差は800メートル以上です。夜間の照明はほとんどなく、日が暮れると遭難につながるおそれがあります。地元の警察署によると、年間20件前後の救助があるそうです。信仰の山ですので、登る際は静かに歩き、午後の遅い時間から入るのは避けてください。

4. 神護寺

神護寺は、右京区梅ヶ畑の高雄山の中腹にある、高野山真言宗の寺です。清滝川に架かる高雄橋から長い石段の参道を上った先に、金堂や多宝塔などの堂が建っています。紅葉の名所として知られ、秋の山肌が赤く染まる景色は、京都の秋を代表する眺めの一つです。空海が高野山や東寺を預かる前に住んだ寺で、最澄もここで法華経を講じたことがあります。

寺の始まりには、奈良時代の官僚・和気清麻呂の物語があります。僧の道鏡が皇位を望んでいるとされた事件で、清麻呂は宇佐八幡の神意を確かめる役目を受け、「臣下が皇位に就くことを望んでいない」と報告して、道鏡の怒りを買って流罪になりました。のちに許されて都に戻った清麻呂が、神意に基づいて建てたと伝わる神願寺と、高雄山寺が、824年に合わさって今の神護寺になりました。

歴史の重みに加えて、険しい山の斜面に伽藍が建つ立地そのものが、この寺の見どころです。これは推察だが、都から離れた山中が修行の場として選ばれたのは、静けさとともに、権力から距離を置く意味もあったのかもしれません。現役の寺ですので、参拝のときは静かに、石段では足元に注意してください。

5. 龍安寺

龍安寺は、右京区にある臨済宗妙心寺派の寺で、枯山水の石庭で知られています。寺の地は、もとは平安時代に建てられた円融寺の境内で、のちに貴族の山荘となっていました。それを譲り受けた細川勝元が、1450年に寺を建てたと伝わります。ところが応仁の乱では、勝元が東軍の総大将だったため、西軍に真っ先に攻められて、1468年に焼けてしまいました。

石庭は、幅約25メートル、奥行約10メートルの白砂の空間に、15の石を配したものです。石は東から5、2、3、2、3の組に分けて置かれています。寺の伝えでは、15世紀末に作られたとされますが、作った人も時期も意図も、はっきりしていません。何を表した庭なのか、見る人が自分で考えるしかないところが、世界中の人を惹きつけているのでしょう。

方丈の裏手には、「吾唯足知」の言葉を刻んだ蹲踞があり、水戸藩主の徳川光圀の寄進と伝わります。寺は1797年の火災で主要な建物を失い、塔頭から方丈を移して今に至っています。世界遺産「古都京都の文化財」にも登録されています。現役の寺ですので、庭の前では静かに過ごしてください。

6. 仁和寺

仁和寺は、右京区御室にある真言宗御室派の総本山です。886年に光孝天皇の願いで建て始められましたが、天皇は完成を見ずに亡くなり、跡を継いだ宇多天皇が888年に完成させました。899年に宇多天皇が当寺で出家して法皇となり、のちに寺内に「御室」と呼ばれる僧坊を建てて暮らしたため、「御室御所」とも呼ばれるようになります。以来、皇族が代々住職を務める、門跡寺院の筆頭として栄えました。

境内の金堂は国宝で、京都御所の正殿だった紫宸殿を、江戸時代の寛永年間に移した建物とされます。現存する最古の紫宸殿として、近世の寝殿造の遺構としても価値が高いものです。五重塔は1644年の再建で、高さは約36メートルあります。世界遺産「古都京都の文化財」の一つに登録されています。

仁和寺は、桜の名所としても知られ、「御室桜」と呼ばれる桜林は国の名勝に指定されています。また、兼好法師の随筆『徒然草』には、この寺の僧を主人公にしたおかしな失敗談が載っています。千年以上の歴史を持つ寺が、皇室や貴族、のちの幕府に守られながら、今も生きた信仰の場であることを感じられます。現役の寺ですので、静かに参拝してください。

7. 大覚寺

大覚寺は、右京区嵯峨にある真言宗大覚寺派の大本山です。平安時代の初めに在位した嵯峨天皇が、この地に営んだ離宮の嵯峨院が前身です。876年、天皇の皇女の正子内親王が離宮を寺に改め、天皇の甥にあたる恒寂入道親王が初代の住職になりました。代々、法親王が住職を務める門跡寺院で、今でも御所のような雰囲気が残っています。

南北朝より少し前の1307年には、後宇多天皇が出家して法皇となり、翌年に寺を再興しました。法皇はここで院政を行ったため、この寺は「嵯峨御所」と呼ばれるようになります。皇室の歴史に深く関わった寺であることが、境内の格式ある空気を作っています。

寺の東にある大沢池は、唐の洞庭湖を模して嵯峨天皇が築いたとされ、平安前期の面影を残す日本最古の人工の庭池と言われます。池のほとりには天神島、庭湖石、菊の島が並び、この配置がいけばな嵯峨御流の基になりました。大覚寺は、時代劇の撮影によく使われる場所でもあります。現役の寺ですので、池の周りでも静かに、決まりを守って歩いてください。

8. 化野念仏寺

化野念仏寺は、右京区の嵯峨鳥居本にある浄土宗の寺です。化野は、東山の鳥辺野、洛北の蓮台野と並んで、平安時代から続く墓地の地でした。風葬の地でもあり、野ざらしになった遺体が多くあったと伝えられます。寺の伝えでは、811年に空海がそうした遺体を埋葬して供養し、千体の石仏を埋めたのが始まりで、のちに法然が念仏道場を開いたといいます。

境内の中心にあるのは、「西院の河原」と呼ばれる一画です。ここには約8000体の石仏と石塔が、肩を寄せ合うように並んでいます。明治30年代に、埋もれていた無縁仏を掘り出して集めて並べたもので、平安から江戸までのさまざまな時代のものが含まれます。身寄りもなく、名も残らなかった人々を、時代を超えて弔い続けてきた場所です。

毎年8月23日と24日には、これらの無縁仏にローソクを供える千灯供養が行われます。本堂は1712年の再建です。ここは観光地であると同時に、いまも続く供養の場です。写真や会話のときも、亡くなった人々への敬意を忘れず、静かに、決まりを守って参拝してください。

9. 天龍寺

天龍寺は、右京区嵯峨にある臨済宗天龍寺派の大本山で、京都五山の第一位とされてきた寺です。始まりは1339年、足利尊氏が、南朝の後醍醐天皇の菩提を弔うために建てたことにあります。尊氏と天皇は、建武の新政が崩れるなかで敵として戦った間柄でした。それでも禅僧の夢窓疎石に勧められて、かつての敵のために寺を建てたという事実は、政治と祈りが絡み合った南北朝時代の複雑さを物語っています。

寺の敷地は、もとは天皇家の離宮の亀山殿でした。創建後の40年あまりのうちに4度も大火に見舞われ、のちの応仁の乱や禁門の変でも大きな被害を受けています。現在の主な建物は、明治時代以降に再建されたものが中心とされます。何度も焼けても再建を重ねてきた歴史は、この寺が人々の信仰を集め続けてきた証でもあります。

方丈の裏にある曹源池庭園は、夢窓疎石の作庭と伝わり、嵐山や亀山を借景に取り込んだ池泉回遊式の庭園です。日本で最初に史跡と特別名勝に指定された庭として知られます。北門を出ると、竹林の小径につながります。世界遺産「古都京都の文化財」の一つです。現役の寺ですので、庭の縁側などでは静かに過ごしてください。

10. 広隆寺

広隆寺は、右京区の太秦にある寺で、渡来系の氏族である秦氏の氏寺です。平安京ができる前から存在した、京都府下で最も古い寺院とされます。7世紀前半に秦河勝が建てたと伝わりますが、最初は別の場所にあり、平安京の遷都のころに今の場所へ移った、という説が有力です。聖徳太子を信仰する寺で、本堂にあたる上宮王院には聖徳太子像が祀られています。

秦氏は、養蚕や機織り、酒造り、治水などの技術を持った一族で、右京区から西京区にかけてを本拠にしていたと言われます。近くの蚕の社、梅宮大社、松尾大社といった社も、秦氏とのつながりが語られます。この地域が千年以上前から、新しい技術と文化を取り込んで栄えてきた様子がうかがえます。

寺には、国宝の弥勒菩薩半跏像が2体あります。片足を組み、指を頬に添えて静かに思いにふける姿で、日本の古代彫刻の代表として世界中に知られています。1165年に再建された講堂は、京都市内で最も古い建物とされています。かつての牛祭は京都三大奇祭の一つで、現在は不定期に行われます。現役の寺ですので、仏像の前では静かに、決まりを守って拝観してください。

名物・食べ物・飲み物

右京区の食の話題として外せないのは、水尾の柚子です。水尾は愛宕山の南の山あいにある集落で、柚子栽培の発祥の地ともいわれます。14世紀の初めに在位した花園天皇が、この地に柚子を植えたと伝わります。昭和40年代に改めて「柚子の里」として知られるようになり、高級食材として定着しました。

高山寺の栂尾は、日本の茶の栽培の歴史にも名前を残しています。栂尾で育った茶は、鎌倉時代の後期にはその味わいが評判になり、室町時代の闘茶と呼ばれる遊びでも、別格の茶として扱われたと伝わります。今も境内には、日本最古の茶園とされる場所があります。

水尾では、梅、柚子、柿、ビワ、ザクロ、サンショウなど、さまざまな果樹が古くから育てられてきたと言われます。嵯峨野や京北には、そうした山の恵みを生かした食文化が息づいています。店ごとの内容は変わるため、出かける前に最新の情報を確かめてください。

珍しい生き物・自然

右京区の自然を代表するのは、保津峡です。丹波高地から流れ出た桂川は、亀岡盆地から京都盆地へ出るまでの11.5キロメートルを、愛宕山の南麓の山あいで曲がりくねって流れています。直線では7.3キロメートルの距離を、これだけ蛇行するのは、川が先に流れていたところへ、あとから山が隆起した先行谷という地形だからです。

1606年には、豪商の角倉了以が江戸幕府の許可を得て、わずか5か月で川の難所を切り開きました。この保津川の舟運は、丹波と京を結ぶ動脈として栄えましたが、1899年に鉄道が開通すると、1948年ごろには姿を消しました。今は川下りの観光地として知られています。

愛宕山の周辺には、かつて人が暮らした廃村八丁という場所もあります。ハイキングコースの途中にあり、訪れる人が多い一方で、遭難の事故も多く起きているため、山に入るときは十分な準備が必要です。京北の常照皇寺では、桜と森が国の天然記念物や保全地域に守られています。

そのほか、この町の特筆すべきこと

右京区は、渡来人の秦氏が拠点にした地域で、広隆寺をはじめ、秦氏ゆかりの社が多くあります。嵯峨天皇が離宮を築いてから、貴族たちが嵐山や嵯峨野に遊び、寺社が増えていきました。戦国から江戸時代には、桂川の水運が盛んになり、嵯峨周辺に豪商が育ちました。

京北では、平安京をつくるときに木材を献上した山国郷が、歴史の最初に登場します。その縁で朝廷とのつながりが生まれ、南北朝時代には光厳天皇が常照皇寺を開いて、この地に葬られました。幕末には、農民たちで組織された山国隊が官軍に加わり、のちの時代祭の行列で知られるようになりました。

区内の山国郷から切り出された木材は、桂川を下って、嵯峨や梅津で陸揚げされ、京の都の建物に使われたと伝わります。山の木と川の水が、都を支えてきたのです。嵯峨野の竹林や、斎宮行列などの行事も、この区の歴史と暮らしを伝えています。

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夜の顔:この町の怪談と心霊スポット

ここまで、右京区の昼の顔を歩いてきました。山の寺、名庭、渡来人の古刹。どの場所にも、祈りと政治と暮らしが折り重なっています。

その厚みは、夜の顔にもつながります。当サイトの見方では、怪談や心霊の噂は、土地の歴史や人々の記憶が心に落とした影のようなものです。古くから葬送の地だった野、権力争いに翻弄された人々の寺、深い山あいの静けさが、夜の空気に深みを与えています。

鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。

お出かけの前に

営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。

よくある質問

Q. 右京区の観光は、どの順番で回ると効率がよいですか?

A. この記事は北から順に紹介しています。京北と愛宕山・高雄の山側、仁和寺と龍安寺のある北西の御室周辺、大覚寺・天龍寺・化野のある嵯峨野、そして広隆寺のある太秦と、エリアごとにまとめると回りやすくなります。区が広いため、移動手段と最新の交通情報は事前に確認してください。

Q. 愛宕山には、気軽に登れますか?

A. 整えられた登山道はありますが、登山口との標高差は800メートル以上あり、往復で数時間かかります。夜間の照明はほとんどなく、遭難の事例もあるため、日のあるうちに行動し、天候に合わせた装備を整えて、最新の情報を確認してください。

Q. 寺院を訪れるときの注意点はありますか?

A. ここで紹介した寺院の多くは、今も信仰が続く場所です。静かに歩き、境内の決まりに従ってください。撮影や参拝できる範囲、公開の時期は寺ごとに異なり、変わることもあるため、出かける前に公式の案内を確認してください。

参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/右京区
https://ja.wikipedia.org/wiki/常照皇寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/高山寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/愛宕山_(京都市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/神護寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/仁和寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/龍安寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/化野念仏寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/大覚寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/天龍寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/広隆寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/保津峡
https://ja.wikipedia.org/wiki/水尾_(京都市)

鴉番組

監修者:鈴king.

所属:鴉番組

取材歴:オカルト・ホラー取材7年目(2020年〜)

フォロワー数:YouTube 5,000人超え・X 25,000人超え

現地取材:30件以上

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