菰野町の観光スポット|鈴鹿の岩峰と湯の町、湿地の花が並ぶ山麓の町
目次
この町の観光スポット(北から順)
番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。
- 楠根ためと田光のシデコブシ湿地 明治期に造られたため池を中心に、国の天然記念物の湿地植物群落が広がる。赤みの強いシデコブシが特徴。
- 竹成五百羅漢 大日堂の境内に並ぶ石仏群。釈迦や明王のほか、天狗や七福神、三猿まで神仏が入り混じる。三重県指定史跡。
- 朝明渓谷 鈴鹿山脈の麓、朝明川の上流に広がる渓谷。澄んだ水で知られ、夏は川遊び、秋は紅葉の名所になる。
- 御在所岳 標高1212メートル、鈴鹿山脈を代表する名峰。ロープウェイで山上へ登れ、紅葉と奇岩、樹氷で知られる。
- 湯の山温泉と三嶽寺 御在所岳の東麓、三滝川の渓谷に開けた湯の町。718年の発見と伝わり、麓には天台宗の古刹が建つ。
- 鎌ヶ岳 鈴鹿山脈で最も鋭い山容を持つ標高1161メートルの峰。鈴鹿の槍ヶ岳とも呼ばれ、御在所岳から眺められる。
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
- 所在地
- 三重県三重郡菰野町
- 最終確認
- 2026.10.05
- ご注意
- 営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。
三重郡菰野町ってどんな町?
菰野町は、三重県北部の三重郡にある町で、鈴鹿山脈の東の麓に広がっています。町名は、開拓される前にこの一帯がマコモの生い茂る原野だったことに由来するとされます。江戸時代の初めには菰野藩が置かれ、城下町として歩み出しました。県内の町では人口が最も多く、山と平野、温泉と田園が同じ町内に収まっています。
この記事では、町内の観光スポットを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。湿地の花から始まり、石仏の群れ、渓谷、湯の町、そして鈴鹿山脈の高みへと南西へ登っていく道筋です。景色だけでなく、そこにかかわった人々の営みもあわせて眺めてみてください。
1. 楠根ためと田光のシデコブシ湿地
楠根ためは、田光にあるため池で、明治期に湧き水を利用して築かれたとされます。2010年にはため池百選に選ばれました。池を含む一帯は、2005年に国の天然記念物となり、名称は「田光のシデコブシ及び湿地植物群落」です。伊勢湾の周辺にしか育たないシデコブシが、ここでは赤みの強い花をつけることで知られます。
湿地には、シラタマホシクサなど東海地方に特有の植物のほか、氷期の名残とされるミズギク、トキソウやモウセンゴケなどが生育しています。昆虫ではムカシヤンマなどのトンボも確認されています。小さな池のまわりに、時代の違う植物がひとまとまりで残っているのが、この場所の価値です。
維持管理は、地元の「田光の資源と環境を守る会」を中心に、地域全体で続けられています。当サイトの見方では、天然記念物の価値は木や花そのものだけでなく、世話を続ける人々の手間にも宿っています。保護された湿地ですので、立入や採取は厳禁で、決められた範囲から静かに眺めてください。
2. 竹成五百羅漢
竹成五百羅漢は、竹成の大日堂の境内に並ぶ石仏群で、1967年に三重県の史跡に指定されました。竹成出身の僧・照空が15年をかけて嘉永5年(1852年)に完成させたと伝えられますが、実際には、依頼を受けた桑名の石工の一門によって、慶応2年(1866年)に完成したとされています。照空は完成を見ないまま亡くなったといいます。
小高い土山に、釈迦三尊を中心とする羅漢像、大日如来を中心とする明王や天部の像が並び、地蔵菩薩や三蔵法師、閻魔大王、七福神、三猿などの姿も見られます。釈迦や空海の像の隣に天照大神や猿田彦命の像があり、神仏が入り混じっているのが特徴です。像の裏側には尊者の名と番号が刻まれたものがあります。
明治の初めには、地租改正をきっかけに起きた伊勢暴動で大日堂が焼かれ、廃仏毀釈の風潮のなかで石仏が壊されることもありました。それでも、この静かな境内には信仰が受け継がれています。これは推察だが、神道と仏教が混ざり合う姿は、人々の祈りが宗派よりも暮らしに根ざしていたことの表れでしょう。信仰の場として、静かな参拝を心がけてください。
3. 朝明渓谷
朝明渓谷は、鈴鹿山脈の麓、朝明川の上流に広がる渓谷です。水がきれいなことで知られ、渓谷沿いにはいくつものキャンプ場が営まれています。夏には川遊びやバーベキューを楽しむ家族連れでにぎわい、山あいの涼しさを求める人が訪れます。
秋には、例年11月上旬から中旬にかけて紅葉が見ごろを迎えるとされます。鈴鹿の稜線が近い麓の渓谷で、標高の高い御在所岳の紅葉が10月中旬ごろから始まるのに対し、こちらは少し遅れて色づきが進みます。山の上から麓へ、秋が降りてくる順序を感じられます。
川遊びの場所は、山の天気ひとつで水かさが大きく変わることがあります。当サイトの見方では、渓谷の澄んだ水は、鈴鹿の山が長い時間をかけて濾してきた贈り物のようなものです。増水の兆しがあれば無理をせず、天候と川の様子を確かめてから出かけてください。
4. 御在所岳
御在所岳は、菰野町と滋賀県東近江市の境にそびえる標高1212メートルの山で、日本二百名山にも選ばれています。鈴鹿山脈は断層山脈で、三重県側は切り立った斜面になっているのが特徴です。山体は花崗岩が多く、削られた巨岩や奇岩が各所に見られます。地蔵岩や大黒岩、富士見岩など、名前のついた岩も数多く残ります。
1959年に開業した御在所ロープウェイは、湯の山温泉から山上公園までを、標高差約780メートル、約12分で結びます。10月中旬から11月下旬にかけての紅葉の季節には、毎年30万から50万人が訪れるとされ、東海地方でも屈指の名所です。春にはツツジやシャクナゲ、冬には樹氷と、季節ごとに景色が移ろいます。
面白い話もあります。アキアカネは初夏に麓の水田で羽化し、暑くなると涼を求めて山へ移り、秋に気温が下がると里へ戻って産卵するといいます。1858年には、植物学者の伊藤圭介らが調査のため登頂しました。この山は、人の信仰や学問、観光を重ねてきた山です。山上は天候が急変しやすいため、装備と下山の判断は余裕をもって決めてください。
5. 湯の山温泉と三嶽寺
湯の山温泉は、御在所岳の東の麓、三滝川の渓谷に開けた温泉地です。養老2年(718年)に見つかった古い湯と伝えられ、傷ついた鹿が癒していたことから「鹿ノ湯」とも呼ばれました。江戸時代の元禄のころに湯治場として立て直され、東海や近畿の奥座敷として発展しました。
明治には西南戦争の負傷兵の療養所に指定され、治療を終えた兵士が故郷でこの湯と景色を語ったことで、来訪者が増えたといいます。湯量は多くなく、過去に何度か涸れたこともあり、他の温泉との競争に敗れて衰えた時期もありました。近鉄の湯の山線が敷かれたことで、保養の湯として復活しました。作家の志賀直哉が滞在し、短編『菰野』を書いたことでも知られます。
温泉街の近くには、天台宗の三嶽寺があります。807年に最澄が開いたと伝わる古い寺で、織田信長の命による軍勢の焼き討ちを受けて堂宇を失い、のちに現在の場所で再建されました。毎年10月初めには、この寺の僧兵をしのぶ僧兵まつりが催されます。現役の寺院ですので、参拝の際は静かな振る舞いを心がけてください。
6. 鎌ヶ岳
鎌ヶ岳は、菰野町と滋賀県甲賀市にまたがる標高1161メートルの山です。山全体が花崗岩でできており、鋭く尖った三角錐の姿から、「鈴鹿の槍ヶ岳」と呼ばれることもあります。南へ延びる痩せた尾根は「鎌尾根」と呼ばれ、険しい山岳景観の一部を成しています。
山名の由来は、北や南から見ると整った三角形に見える山が、東の一角から見ると形が崩れて湾曲して見えることだとされます。古くは「冠峰」や「釜嶽」と呼ばれ、和歌や漢詩にも詠まれました。江戸時代の人物・伊藤冠峰(1717〜1787年)は、この山の名にちなむ号を名乗り、鋭い峰を詠んだ漢詩の碑は御在所岳の山頂に建っています。
北東の斜面には、県の天然記念物に指定されたブナの原始林が残ります。山頂付近にはアカヤシオやシロヤシオなどが咲き、周辺の山々にはニホンカモシカも生息しています。岩場には鎖場があり、急な箇所が多いため、経験や装備に応じた無理のない計画が必要です。
名物・食べ物・飲み物
町名にもなったマコモは、町が特産化に力を入れている植物です。沼や川に群生する背の高い草で、その茎の部分が「マコモタケ」と呼ばれる食材として使われます。町の道の駅では、マコモを使った商品がいくつも扱われています。
菰野は、四日市市と並ぶ萬古焼の産地でもあります。町内で作られる「こもの万古焼」は道の駅などで売られ、毎年11月ごろには窯出しの即売会も開かれてきました。菰野の自然に育まれた菰野茶、冬の寒い時期に作る手延べそうめんなども、地元の産物として知られます。
湯の山温泉の名物としては、湯の花せんべいが挙げられます。店ごとの商品や内容は変わるため、出かける前に最新の情報を確認してください。
珍しい生き物・自然
鈴鹿山脈は、北からの植物と南からの植物が入り混じる場所で、多くの植物の南限になっています。御在所岳ではアカヤシオやシャクナゲ、ショウジョウバカマなどが季節ごとに咲きますが、近年は山野草を持ち帰る人がいて、絶滅が心配される種もあります。見るだけにとどめることが、この山を守る最低限の約束です。
ニホンカモシカは国の特別天然記念物で、鈴鹿の山域に暮らしています。かつては御在所岳の山上に、日本カモシカセンターという専門の動物園がありました。1960年に開園し、2006年に閉園しましたが、町のゆるキャラの一つにカモシカがあるのは、この動物がいかに土地のシンボルとして愛されてきたかを物語ります。
田光の湿地では、赤みの強いシデコブシやシラタマホシクサ、モウセンゴケなど、東海地方ならではの湿地植物が見られます。山の高みと麓の湿地、同じ町内にまったく違う自然が同居しているのが、菰野の面白さです。
そのほか、この町の特筆すべきこと
菰野の歴史は、鈴鹿の峠とともにあります。室町時代の頃から、桑名と近江を結ぶ「八風越え」や「千種越え」が、商人たちの通商路として使われました。近江の商人たちは、桑名で麻や紙、塩、海産物などを仕入れ、近江や京都で売りさばいたといいます。
1600年には土方雄氏が菰野城に入り、1万2千石の菰野藩が始まりました。明治の廃藩置県まで続いたこの藩の城下町として、今の町の骨格ができました。1889年に村として発足し、1928年に町制を施行しています。
毎年10月初旬の僧兵まつりは、町内最大級の祭りです。松明を載せた樽神輿が練り歩く姿は圧巻で、織田信長の軍勢に立ち向かった僧兵をしのぶ行事として続いています。松本清張の小説『遠い接近』では、戦後まもない湯の山温泉と御在所岳が重要な舞台となりました。
夜の顔:この町の怪談と心霊スポット
ここまで、菰野町の昼の顔を歩いてきました。岩峰と湯の町、湿地の花、そして石仏の群れ。どの場所にも、人が山に登り、湯に浸り、祈ってきた時間が重なっています。
その厚みは、夜の顔にもつながります。山や峠、古い寺のある土地には、さまざまな噂が語られがちです。ただ、確かな所在が示されていない話を探し歩くことは勧めません。当サイトの見方では、怪談とは、土地の歴史や地形が人の心に落とした影のようなものです。
鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。
お出かけの前に
営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。
よくある質問
Q. 菰野町の観光は、どの順番で回ると効率がよいですか?
A. この記事は北から順に紹介しています。田光の湿地と竹成の石仏が町の北東寄り、渓谷と湯の山温泉、御在所岳、鎌ヶ岳は鈴鹿の麓から山の方向にまとまっています。山あいの道は天候で変わるため、交通手段や道路の状況は、町や観光協会の案内で確認してください。
Q. 御在所岳の紅葉はいつごろ見られますか?
A. 例年10月中旬から11月下旬ごろが見ごろとされ、この時期は大変混み合います。麓の朝明渓谷は、少し遅れて11月上旬から中旬が見ごろです。年によって前後するため、最新の情報を確認してください。
Q. 菰野町の名物は何ですか?
A. マコモタケなどのマコモ製品、萬古焼、菰野茶、手延べそうめん、湯の花せんべいなどが知られています。店や商品の内容は変わるため、出かける前に最新の情報をご確認ください。
参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/菰野町
https://ja.wikipedia.org/wiki/御在所岳
https://ja.wikipedia.org/wiki/鎌ヶ岳
https://ja.wikipedia.org/wiki/湯の山温泉_(三重県)
https://ja.wikipedia.org/wiki/三嶽寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/竹成五百羅漢
https://ja.wikipedia.org/wiki/楠根ため
https://www.kankomie.or.jp/spot/detail_1646.html
https://www.kankomie.or.jp/report/507
https://www.kankomie.or.jp/spot/1806
この周辺の心霊スポット
昼の顔とは別に、この土地には夜の顔もあります。興味があれば、記録として読んでみてください。立入に注意が必要な場所も含まれます。
