
児啼爺 ― 祖谷の山が伝える「拾い上げるな」という戒め
徳島県三好市山城町、大歩危・小歩危や祖谷の山あいに伝わる妖怪「児啼爺」の記録。柳田国男が1938年の「妖怪名彙」に記した、赤子の声で誘い、抱くと石のように重くなるという伝承の由来と、崖や谷の多い山での戒めとしての読み方を考察した。

枕返しはなぜ恐れられたのか ― 眠る間に枕を裏返す妖怪と、抜け出た魂の行方
朝起きると枕が裏返り、頭と足が逆になっている。いたずら好きの妖怪とされる枕返しは、なぜかつて死に近い怪異として恐れられたのか。眠りの間に魂が抜けるという古い信仰と、枕という境界の意味から、当サイト独自の考察で静かに読み解いていく。

秋芳洞 ― 「水神のすみか」と恐れられた洞窟が観光地になるまで
山口県美祢市の秋芳洞に伝わる「水神のすみか」の信仰を記録する。かつて滝穴と呼ばれ人々が近づかなかった洞窟が、1926年の皇太子来訪を機に改名され観光地へ変わった経緯と、恐れと誇りの関係を考察する。地下を流れる水への畏敬も考察する。

台所の荒神さまは、なぜ火を守りながら「祟る神」として恐れられたのか
かまどの火を守る荒神は、家を守る神でありながら、粗末に扱えば祟る荒々しい神とも語られてきた。竈に睨む面を掛けた東北の風習や三宝荒神の由来をたどり、火と暮らした人々が台所の神に何を託し、何を恐れたのかを当サイト独自の視点で考察する。

稲生物怪録 ― 三次の少年が30日間記録し続けた実録怪異譚
広島県三次市に伝わる実録怪異譚「稲生物怪録」を記録する。江戸時代の寛延2年(1749年)、16歳の少年・稲生平太郎のもとに30日間も次々と怪異が現れ続けたという記録が、なぜ実話として今も語り継がれているのかを考察する。

狐の嫁入りは、なぜ「天気雨」と「山を行く灯の列」の二つを指すのか
晴れた空から降る雨と、夜の山を進む灯の行列。まるで違う二つの現象は、なぜどちらも「狐の嫁入り」と呼ばれたのか。各地の伝承や世界の天気雨の呼び名、狐の婚礼を見てはならないという禁忌をたどり、婚礼と境界をめぐる古い感覚を当サイト独自の視点で考察する。

牛窓の牛鬼伝説 ― 一度倒した怨念が「別の姿」で戻ってきた話
岡山県瀬戸内市牛窓に伝わる牛鬼伝説を記録する。仲哀天皇が退治した塵輪鬼の怨念が牛鬼として蘇り、神功皇后と住吉明神が倒した場所が「牛転び」から「牛窓」になったという由来と、怨念が形を変えて戻る構図を考察する。海辺の港町に残る地名の由来を訪ねる。

狐の窓は、なぜ指の隙間から覗くと「化け物の正体」が見えるとされたのか
指で狐の形を作って組み、その隙間から覗くと化け物の正体が見える――。江戸の子どもの遊びから各地の唱え言葉、股のぞきなどの類例、童話やネットの都市伝説までをたどり、見てはいけないものを見る怖さと、人が世界の正体を覗きたがる理由を当サイト独自の視点で考察する。

ヤマタノオロチ ― 怪物退治の神話に隠された「暴れ川」の記憶
島根県出雲市の斐伊川流域に伝わるヤマタノオロチ退治神話を記録する。スサノオが酒でオロチを酔わせ、尾から草薙剣を得る『古事記』の物語と、氾濫を繰り返した暴れ川を象徴するという説、当サイトの考察を紹介する。出雲の観光と神話のつながりにも触れる。

河原院の怪 ― 源融の霊はなぜ死後も「ここは私の家だ」と屋敷に現れたのか
陸奥の塩竈の浦を写した庭で知られる源融の邸宅・河原院。主の死後、上皇の前に衣冠の霊が現れ、荒れ果てた後には名もない鬼が泊まり客を襲ったと伝わる。日本最古級の幽霊屋敷譚は何を物語るのか。史実と説話を分け、当サイト独自の考察で読み解く。