
逢魔が時はなぜ魔物に出会う時刻とされたのか ― 夕暮れに名を呼ばれても返事をするな
日が沈み、人の顔が見分けにくくなる夕暮れを、昔の人は「逢魔が時」と呼んで恐れた。大禍時という本来の意味、「誰そ彼」の語源、夕方の神隠しやかくれんぼの禁忌、呼び声に返事をするなという戒めまでをたどり、境界の時刻が持つ怖さを当サイト独自に考察する。

虫の知らせはなぜ「虫」が告げるのか ― 夢枕・止まる時計・割れる茶碗の死の予兆譚
遠くの身内が亡くなった夜、夢枕に立った、時計が止まった、茶碗が割れた。こうした「虫の知らせ」の話はなぜ繰り返し語られるのか。体の中に虫が棲むという古い身体観から、予兆譚に共通する型までをたどり、知らせを待つ人の心を当サイト独自に考察する。

枕返しはなぜ恐れられたのか ― 眠る間に枕を裏返す妖怪と、抜け出た魂の行方
朝起きると枕が裏返り、頭と足が逆になっている。いたずら好きの妖怪とされる枕返しは、なぜかつて死に近い怪異として恐れられたのか。眠りの間に魂が抜けるという古い信仰と、枕という境界の意味から、当サイト独自の考察で静かに読み解いていく。

台所の荒神さまは、なぜ火を守りながら「祟る神」として恐れられたのか
かまどの火を守る荒神は、家を守る神でありながら、粗末に扱えば祟る荒々しい神とも語られてきた。竈に睨む面を掛けた東北の風習や三宝荒神の由来をたどり、火と暮らした人々が台所の神に何を託し、何を恐れたのかを当サイト独自の視点で考察する。

狐の嫁入りは、なぜ「天気雨」と「山を行く灯の列」の二つを指すのか
晴れた空から降る雨と、夜の山を進む灯の行列。まるで違う二つの現象は、なぜどちらも「狐の嫁入り」と呼ばれたのか。各地の伝承や世界の天気雨の呼び名、狐の婚礼を見てはならないという禁忌をたどり、婚礼と境界をめぐる古い感覚を当サイト独自の視点で考察する。

狐の窓は、なぜ指の隙間から覗くと「化け物の正体」が見えるとされたのか
指で狐の形を作って組み、その隙間から覗くと化け物の正体が見える――。江戸の子どもの遊びから各地の唱え言葉、股のぞきなどの類例、童話やネットの都市伝説までをたどり、見てはいけないものを見る怖さと、人が世界の正体を覗きたがる理由を当サイト独自の視点で考察する。

金縛りは、なぜ世界中で「胸の上に何かが乗る」体験として語られてきたのか
目は覚めているのに体が動かず、胸の上に何かが乗る。金縛りの体験談は、なぜ世界中で驚くほど似ているのか。不動明王の呪法に由来する名、オールドハグや夢魔の伝承、睡眠麻痺という医学の説明を公平に並べ、胸に乗る「誰か」の正体を当サイト独自の視点で考察する。

雷様はなぜ子どものへそを取るのか ― 鬼の姿の雷神と「くわばら」の呪文
「雷が鳴ったらおへそを隠せ」「くわばら、くわばら」。誰もが知る雷除けの言い伝えは、なぜへそを狙い、なぜ桑の原を唱えるのか。鬼の姿をした雷神像の成り立ちから菅原道真の雷神化までをたどり、空からの災いに向き合った人々の心を当サイト独自に考察する。

下駄の鼻緒が切れると不吉なのはなぜか ― 夜の履物の禁忌と、野辺送りの草履の記憶
出かけようとした瞬間、下駄の鼻緒がぷつりと切れる。なぜそれが死の前触れとまで言われたのか。夜に新しい履物をおろすなという禁忌、葬列の草履を墓や辻で脱ぎ捨てた習俗、下駄の天気占いまでをたどり、当サイト独自の考察で履物と死の関係を読み解く。

閻魔大王はなぜ嘘つきの舌を抜くのか ― 最初の死者ヤマが裁きの王になるまで
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」。誰もが子どもの頃に聞いたこの脅し文句は、なぜ舌で、なぜ閻魔なのか。古代インドの最初の死者ヤマが冥府の裁判官へと変わるまでの道のりをたどり、戒めに込められた大人たちの恐れを当サイト独自に考察する。