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雷様はなぜ子どものへそを取るのか ― 鬼の姿の雷神と「くわばら」の呪文

監修:鈴king.(鴉番組/オカルト・ホラー取材7年)

雷様はなぜ子どものへそを取るのか ― 鬼の姿の雷神と「くわばら」の呪文
目次
この怪談の基本情報(地域・時代・出典)を見る
地域・国
全国
市区町村・エリア
特定の地域に限定されない(くわばらの由来説は京都ほか)
カテゴリ
俗信・禁忌
時代区分
古代〜現代
出典
https://yokai.jp/en/yokai/raijin/raijin-genesis
出典2
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/libr/qa/qa_39.htm
出典3
https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/169756/
出典4
https://www.haradaeigo.com/nihonbunka/w/oni.html
出典の性質
妖怪事典・公的機関の解説・文化解説記事
最終確認日
2026年9月30日

夏の午後、空が急に暗くなり、遠くでごろごろと低い音が鳴りはじめる。すると大人は決まって言った。「ほら、雷様が来るよ。おへそを隠しなさい」。子どもたちはあわててシャツの裾を押さえ、縁側から家の奥へ逃げ込む。そして稲妻が光るたび、誰かが小声で「くわばら、くわばら」と唱える。昭和の夏には、そんな光景があちこちで見られた。

雷様は、なぜよりによって「へそ」を欲しがるのか。そして「くわばら」とは、何を唱えているのか。雷にまつわる怪異は、空から落ちてくる獣「雷獣」の話や、雷を斬ったという名刀の伝説など、さまざまな形で語られてきた。本稿ではそれらとは切り口を変え、日本人が最も身近に口にしてきた二つの雷除けの俗信、「へそを取られる」と「くわばら」を軸に、雷様という存在がどのように形づくられてきたのかをたどってみたい。

由来 ― 雷神はいつ鬼の姿になったのか

日本の文献に雷の神が登場するのは、奈良時代に編まれた『古事記』にまでさかのぼる。死んだイザナミが黄泉の国で腐敗していく体の各所から、八柱の雷の神が生まれたという場面である。ここでの雷は、死と腐敗、そして黄泉の恐ろしさと分かちがたく結びついていた。一方で、京都の賀茂の社に伝わる神話では、雷の神は丹塗りの矢に姿を変えて乙女のもとに現れ、神の子をもうける存在として語られる。雷は恐怖の対象であると同時に、稲を実らせる雨をもたらし、神の子を授ける豊かな力でもあった。そもそも「かみなり」という言葉自体が「神鳴り」、つまり神が鳴らす音を意味するとされ、古い和歌では雷を「鳴る神」とも呼んだ。雷は最初から、音そのものが神の声として聞かれていたのである。「稲妻」という言葉が、稲の「つま(配偶者)」を意味するとされるのも、雷と稲の実りを結びつけた古い感覚のあらわれである。

いまの私たちが思い浮かべる雷様、すなわち角を生やし、虎の皮の腰巻きをつけ、背中に輪になった太鼓を背負ってばちを振るう姿は、もう少し後の時代に形づくられたものだ。仏教美術の中で、風の神と対になる雷の神の像が作られ、やがて寺院の門や絵画に描かれていく。江戸時代初期に俵屋宗達が描いた風神雷神の屏風は、その姿を決定的に印象づけた作品として知られる。

雷様がなぜ鬼の姿をしているのかについては、よく知られた説明がある。鬼が現れるとされる北東の方角「鬼門」は、十二支でいえば丑(うし)と寅(とら)の間にあたる。そこから、鬼は牛の角を生やし、虎の皮を身につけた姿で描かれるようになった、というものだ。雷様が同じ角と虎皮をまとっているのは、雷が「鬼のような荒ぶるもの」として、鬼の図像を借りて表されたからだと考えられる。ただし、この鬼門説はあくまで後世の解釈の一つであり、雷神像の成立をすべて説明できるわけではない点には注意しておきたい。

そして平安時代、雷の信仰に大きな転機が訪れる。無実の罪で大宰府に流され、その地で亡くなった菅原道真の死後、都では異変が相次いだ。とりわけ延長八年(九三〇年)、宮中の清涼殿に雷が落ち、多くの死傷者が出た出来事は、道真の怨霊のしわざとして恐れられた。道真の霊は雷の神と結びつけられ、やがて北野の地に神としてまつられることになる。雷は、自然の猛威であると同時に、無念を抱えた死者の怒りのあらわれとして読まれるようになったのである。

なぜ「へそを取られる」「くわばら」とされるのか

まず「へそ」である。雷様がへそを取るという言い伝えには、いくつかの理由づけが語られてきた。よく挙げられるのが、体を冷やさないための戒めだという説明だ。夏の雷雨では、上空の冷たい空気が一気に地上へ降りてきて、急に気温が下がる。暑さで腹を出したまま遊んでいた子どもが、そのまま体を冷やして腹をこわさないよう、「雷様にへそを取られるから隠せ」と言い聞かせた、というのである。東京消防庁の解説でも、この言い伝えは迷信としてだけでなく、生活の知恵を含んだものとして紹介されている。

もう一つよく語られるのが、姿勢にまつわる説明である。へそを隠そうとすれば、人は自然と背を丸め、身をかがめる。雷が鳴っているときに背の高いものから離れ、低い姿勢をとることは、落雷から身を守るうえで理にかなった行動だ。へそを守れという言葉が、結果的に子どもを低く小さく縮こまらせる。これは科学的な知識がまだ広まっていなかった時代の、実に巧みな身の守り方だったと言えるかもしれない。

次に「くわばら」である。漢字では「桑原」と書く。その由来として広く知られているのが、菅原道真にまつわる京都の話だ。道真の怨霊が雷となって都を襲ったとき、道真の領地であった桑原という土地にだけは、一度も雷が落ちなかった。そこで人々は、雷が鳴ると「ここは桑原だ」と唱えて、雷を避けようとした、という。別の地方には、井戸に落ちた雷の子を助けたところ、桑の木のある場所には二度と落ちないと約束した、という話も伝わっている。どちらの説にしても、「桑」という植物と、「ここは雷様が落ちてはならない場所だ」という宣言とが、呪文の核になっている。

へそとくわばらのほかにも、雷除けの俗信は数多い。雷が鳴ったら蚊帳の中に入れば安全だ、という言い伝えは広く知られていたし、桑の枝を軒先に挿しておくと雷が落ちない、とする地方もあったという。節分の豆をとっておき、初雷の日に食べると雷に打たれないという風習も伝わる。どれも確かな効き目があるわけではないが、空から突然襲ってくる災いに対して、何かしら「できること」を持っておきたいという人々の気持ちがよく表れている。無力なまま雷鳴に震えるより、へそを押さえ、蚊帳に潜り、呪文を唱える。その小さな動作の一つひとつが、恐怖を少しだけ手なずけるための儀式だった。

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現状 ― 雷様はいまも夏の空にいる

雷の正体が電気の放電であることは、いまでは子どもでも知っている。避雷針が建物を守り、気象情報アプリが雷雲の接近を知らせてくれる時代に、本気でへそを取られると信じる人はいないだろう。それでも、夏の夕立のときに「おへそ隠さなきゃ」と冗談めかして言う大人は少なくないし、童謡や絵本の中の雷様は、いまも虎柄のパンツをはいて太鼓を叩いている。

雷様の姿は、観光地の土産物や広告、アニメや漫画のキャラクターとしても繰り返し使われている。寺院の門に立つ厳めしい雷神像と、子ども向けの絵本に描かれるどこか間の抜けた雷様とが、同じ角と虎皮と太鼓を共有しているのは面白い。恐ろしい神と親しみやすいキャラクターという二つの顔を、雷様は何百年もの間、器用に使い分けてきたのである。

「くわばら、くわばら」も、雷除けの呪文としてより、「関わりたくない災難をやり過ごしたいとき」の言い回しとして生き残っている。気難しい上司の機嫌が悪い日や、面倒な騒動が起きそうなとき、小声で「くわばらくわばら」とつぶやく。空からの災いを避ける言葉が、人間関係の災いを避ける言葉へと移ったのは、なんとも日本的な変化である。

一方で、雷の危険そのものは昔と変わらない。屋外での落雷事故は、いまも毎年のように起きている。雷鳴が聞こえたら、すでに落雷の届く範囲にいる可能性があるとされ、建物や車の中へ避難することがすすめられている。「雷様が来たら家に入れ」という昔の教えは、形を変えていまも正しい。

考察 ― へその奥に隠されたもの

まず考えたいのは、なぜ雷様が狙うのが、よりによって「へそ」だったのかという点である。体を冷やさない、身をかがめるといった実用的な説明はもっともらしいが、当サイトの見方では、それだけでは「取る」という言葉の生々しさは説明しきれない。へそは、母親の胎内で命をつないでいた臍の緒の跡、つまり人がこの世に生まれてきたことの最初のしるしである。日本では臍の緒を桐箱に入れて大切に保管する習わしが今も残るように、へそは命の根元と深く結びつけられてきた。これは推察だが、雷様がへそを取るという言い伝えの奥には、「空からの一撃は、命の根っこそのものを奪っていく」という、雷死への根源的な恐れが潜んでいたのではないか。

次に、雷と子どもの結びつきにも目を向けたい。へそを取られるのは、決まって子どもである。夏の雷雨の季節は、子どもたちが川や野原で遊ぶ季節でもある。見通しの悪い夕立の中で、子どもが雷に打たれる、あるいは増水した川にさらわれる。そうした痛ましい出来事は、決して珍しくなかったはずだ。これは推察だが、雷様がへそを取るという物語は、子どもを失うことを何より恐れた親たちが、その恐怖を「雷様」という分かりやすい悪役に託し、子どもを家の中へ呼び戻すために生み出した、切実な言葉だったのかもしれない。

そして「くわばら」である。この呪文が道真の伝説と結びついていることには、深い意味があると当サイトは考える。雷が道真の怒りだとすれば、人々が恐れたのは自然現象というより、無実の人を追いやった都の罪そのものだった。桑原だけに雷が落ちなかったという話は、「道真の怒りは、道真ゆかりの土地には向かわない」という物語である。つまり「くわばら」と唱えることは、「私は道真様の側の者です、あなたを陥れた者たちとは違います」と、空に向かって身の潔白を訴える行為でもあった。これは推察だが、雷鳴の中で小さく唱えられたこの言葉には、権力の側が犯した不正に対する、庶民の後ろめたさと、自分だけは無関係でいたいという祈りが入り混じっていたのではないか。

最後に、雷様が鬼の姿で描かれながら、どこか憎めない愛嬌を持つ存在になっていった点にも触れておきたい。恐ろしいものを、角と虎柄と太鼓という分かりやすい記号にまとめ、ときに雲から落ちて困り果てる滑稽な姿に描く。当サイトの見方では、これは人々が制御できない恐怖と共に暮らすための、長い時間をかけた工夫だった。名前を与え、姿を与え、へそが好きだという弱点まで与えることで、空からの災いは「話の通じる相手」になる。へそを隠し、くわばらと唱えれば、雷様は通り過ぎてくれる。その約束事の中に、人々は小さな安心を見いだしてきたのである。

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この伝承と向き合う際に

雷の神や菅原道真は、現在も各地の神社で神としてまつられ、多くの人々の信仰を集めている。本稿は、雷にまつわる俗信を民俗と歴史の視点から紹介したものであり、特定の神社や信仰を茶化す意図はない。天満宮などを訪れる際は、参拝の場であることを尊重してほしい。

また、「へそを隠す」「くわばらと唱える」といった言い伝えは、昔の人の知恵として興味深いものだが、実際の雷から身を守る方法ではない。雷鳴が聞こえたら、すぐに頑丈な建物や車の中に避難し、高い木の下や開けた場所にとどまらないようにしてほしい。俗信は、正しい安全の知識と組み合わせて楽しむのが一番である。

よくある質問

Q. 雷様がへそを取ると言われるのはなぜですか?

A. 夏の雷雨で急に気温が下がるため、腹を出した子どもが体を冷やさないように戒めたという説明がよく知られている。へそを隠そうとすると身をかがめる姿勢になり、落雷から身を守るのにも役立ったとも言われる。

Q. 「くわばら、くわばら」にはどんな意味がありますか?

A. 漢字では「桑原」と書く。菅原道真の怨霊が雷となって都を襲ったとき、道真の領地だった桑原には雷が落ちなかったという話に由来するとされる。井戸に落ちた雷の子にまつわる別の由来説もある。

Q. 雷様はなぜ角が生えて虎の皮を着ているのですか?

A. 鬼が出入りするとされた北東の方角「鬼門」が丑寅にあたるため、鬼は牛の角と虎の皮で描かれるようになったという説がある。雷神も荒ぶる存在として、この鬼の図像を借りて表されたと考えられる。

Q. 「稲妻」という言葉と雷にはどんな関係がありますか?

A. 「つま」は古くは夫や妻など配偶者を指す言葉で、雷が稲を実らせると考えられたことから、稲の配偶者という意味で「稲妻」と呼ばれたとされる。雷は恐怖と同時に豊作の恵みとも結びついていた。

Q. 雷獣や雷切の話とはどう違うのですか?

A. 雷獣は雷とともに落ちてくるとされた獣、雷切は雷を斬ったと伝わる刀の伝説である。本稿は雷神そのものの姿と、へそやくわばらといった雷除けの俗信を中心に扱っている。

この言い伝えは、鴉番組の俗信・前兆辞典でも引くことができる。

Q. 鴉番組は雷様の伝承について取材・撮影を行いましたか?

A. いいえ、雷様の伝承については現在取材を行っておらず、実施を検討中です。その他の心霊スポット・怪談の取材動画は、カラスチャンネル(YouTube)よりご覧いただけます。

鴉番組

監修者:鈴king.

所属:鴉番組

取材歴:オカルト・ホラー取材7年目(2020年〜)

フォロワー数:YouTube 5,000人超え・X 25,000人超え

現地取材:30件以上

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