剣淵町の観光スポット|絵本の里の図書館と、役目を終えた小さな駅たちをたどる
目次
この町の観光スポット(北から順)
番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。
- 北剣淵駅の跡 1959年に仮乗降場として生まれ、秘境駅と呼ばれた駅の跡。2021年3月13日に廃止された。
- 剣淵町絵本の館 絵本を集めた専門図書館。1991年に旧町役場を改装して開館し、2004年に現在の新館に移った。
- 剣淵駅 1900年に開業した宗谷本線の駅。町の特産を展示する観光物産館とバスターミナルが併設されている。
- 道の駅 絵本の里けんぶち 国道40号沿いの道の駅。絵本の里の名を冠し、2008年には果樹の広場「実のなる森」も増設された。
- 東六線駅の跡 1956年に仮乗降場として生まれた駅の跡。基線から東へ六本目の線にあることが名の由来。
- 早田峠 町域の西側にある峠。剣淵山とともに、町を囲む山並みの一つとして地名に挙げられている。
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
- 所在地
- 北海道上川郡剣淵町
- 最終確認
- 2026.10.06
- ご注意
- 営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。
剣淵町ってどんな町?
剣淵町は、北海道の上川地方の北部、天塩川の支流の剣淵川沿いにある町です。畑作や野菜、酪農、畜産が盛んな農業の町で、町域の西側には剣淵山や早田峠があります。1989年から「絵本の里」を掲げた町づくりを続けていることでも知られています。
この町の宗谷本線には、かつて小さな駅がいくつもありました。2021年3月13日には、利用の少なさを理由に、町内の二つの駅が廃止されました。この記事では、見どころを緯度の大きい順、つまり北から順にたどります。消えた駅と、絵本の町。静かな二つの顔を、あわせて見ていきます。
1. 北剣淵駅の跡
北剣淵駅は、かつて宗谷本線にあった駅で、剣淵町の北部、藤本町にありました。1959年11月1日に、仮乗降場として設けられたのが始まりです。のちに1987年、鉄道会社の民営化とともに、正式な駅に昇格しました。名前は、剣淵の北方にあることにちなみ、所在地の藤本町は、1908年にこの地で農場を開いた人物の姓に由来するとされます。
この駅は、秘境駅のひとつに数えられてきました。乗降客数は1992年度で1日に2人、その後は1日に1人以下の年も多かったと記録されています。設置を願う陳情では、ワラビ採りの季節や、魚釣りの期間の利用も見込まれていたと伝えられます。
ホームは木製のデッキで、トイレのない、ごく小さな駅でした。2021年3月13日に、利用の減少とダイヤ改正により廃止されました。駅の跡や周りは農地で、地域の方々の仕事の場です。立入が制限されている場所には近づかず、周囲に配慮してください。
2. 剣淵町絵本の館
絵本の館は、絵本を集めた専門図書館です。きっかけは、1980年代の末に絵本作家が地元の商工会青年部に招かれて講演をしたことでした。その後、絵本の原画展や講演会が開かれるようになり、1989年8月には、世界各国の絵本の原画を集めた国際絵本原画展が開かれました。これが「絵本の里」づくりの始まりです。
1991年8月1日に開館したときは、旧町役場の庁舎を改装した建物で、約1万冊の絵本が収められていました。費用は、国が全国の自治体に配ったふるさと創生の資金から、5000万円が使われています。1999年に旧館の老朽化が指摘され、新館を建てる計画をめぐって町議会でも議論がありました。
議論を経て、2004年6月に新しい館が開かれました。木をふんだんに使った、だ円形の建物で、蔵書は約4万5000冊に増えたと紹介されています。開館のときから、来館者の投票で選ばれる賞も続いています。開館日や企画展は変わるため、事前に公式の案内でご確認ください。
3. 剣淵駅
剣淵駅は、JR宗谷本線の駅で、町の中心部にあります。1900年8月5日に、和寒駅と士別駅の間が開通した際に開業しました。開業のころの読みは「けぬふち」でしたが、1905年に「けんぶち」に改められています。
駅名は、アイヌ語で、ハンノキの川の河口を意味する言葉に由来するなど、諸説があります。1988年の駅舎の改築で、町が管理する観光物産館とバスターミナルが併設されました。館内には、トマトジュースなどの町の特産品が展示されていると紹介されています。
2024年12月末には、駅前の商店が続けてきた乗車券の販売の委託も終わりました。小さな町の駅には、時代の変化がそのまま映ります。駅は町の人々の暮らしの場でもあります。撮影の際は、利用者への配慮をお願いし、ダイヤや運行状況は事前にご確認ください。
4. 道の駅 絵本の里けんぶち
道の駅「絵本の里けんぶち」は、国道40号沿いにある道の駅で、2006年9月に開館しました。名前は、町が1989年の国際絵本原画展から始めた絵本のまちづくりにちなんでいます。施設の中には絵本のコーナーが設けられ、2008年には、北側に果樹30種類・500本を植えた広場「実のなる森」が加わりました。
雑誌「じゃらん」の読者投票では、2007年に北海道内の道の駅の満足度で総合1位に選ばれたと紹介されています。一方で、国道を通る車の立ち寄りに支えられた施設であるため、高速道路の無料化の社会実験が行われた2010年ごろには利用者が大きく落ち込んだ、という記録もあります。実験が終わった2011年6月以降は、利用者が回復したと伝えられます。
当サイトの見方では、剣淵駅と絵本の館が町の内側の顔だとすれば、この道の駅は、国道を行き交う旅人に向けた町の玄関口です。絵本の里という看板が、通りすがりの人にまず町の名を覚えてもらう役目を果たしているように思います。店舗や営業の内容は変わりますので、お出かけの前に公式の案内でご確認ください。
5. 東六線駅の跡
東六線駅は、かつて宗谷本線にあった駅で、剣淵町の南部、東町にありました。1956年1月に、仮乗降場として設けられ、1959年に正式な駅に昇格しています。名前は、この地の基線から東へ六つ目の線にあることにちなみます。北海道の開拓地では、碁盤の目のように道や区画が引かれ、番号で場所を呼ぶ習わしがありました。
ホームは木製のデッキで、待合所はトタン張りの小さな建物でした。簡易委託駅として、近くの民家で乗車券が売られていた時期もあったと紹介されています。2021年3月13日に、利用者の減少とダイヤ改正により廃止されました。
これは推察ですが、番号で呼ばれる土地に生まれた小さな駅は、開拓された大地の区画の記憶を、駅名として残していたのだと思います。跡や周囲は農地で、人々の生活の場です。見学の際は、田畑や私有地に入らないでください。
6. 早田峠
早田峠は、剣淵町の西側にある峠です。町域の西には剣淵山もあり、剣淵川沿いに広がる平らな町を囲むように、山並みが続いています。町の暮らしは、この川と、西の山とが作る地形のなかで営まれてきました。
この峠の歴史や標高などについては、確認できていません。この項目の位置は、地名から推定したおおよその地点です。道路の状況や通行できる時期も不明なため、訪れる前に、町の公式の案内で、最新の情報をご確認ください。
当サイトの見方では、町の中心の絵本の館や駅に向かう人々は、昔から、西の山の峠を越えて、この町へ入ってきたのではないでしょうか。峠は、ヒグマが出る山の中にあります。むやみに入らず、冬の通行止めや悪天候にも十分注意してください。
名物・食べ物・飲み物
剣淵町は、畑作物や野菜、酪農、畜産の盛んな農業の町です。駅に併設された観光物産館では、町の特産品が展示されていると紹介され、なかでもトマトジュースが知られています。
販売や食事の内容は時期によって変わるため、事前に公式の案内で情報をご確認ください。
珍しい生き物・自然
町は、天塩川の支流の剣淵川沿いに広がっています。西側には剣淵山や早田峠などの山並みがあり、町は山と川に囲まれた地形です。
町の文化財には、開拓を記念する木のヤチダモと、緋鮒や銀鮒、鉄魚と呼ばれる魚が天然記念物として挙げられています。山に入るときは、ヒグマへの備えを忘れないでください。
そのほか、この町の特筆すべきこと
1897年に、剣淵と士別、多寄、上名寄の各村が設置されました。1906年に剣淵村が発足し、1915年には和寒村が分かれ、1962年に町制が敷かれています。町内には、屯田兵の兵屋も、文化財として残っています。
2006年には、「道の駅絵本の里けんぶち」が開館しました。町の絵本の里づくりは、駅や図書館、道の駅へと広がっていきました。
町名の由来には諸説ありますが、剣淵川と天塩川が出会う場所を指すアイヌ語の「ケネ(ペッ)プチ」、つまりハンノキの川の河口にちなむとする説が知られています。ハンノキが生い茂る川口が地名の起こりだとすれば、町の名は、開拓以前の景色をそのまま残していることになります。
町は、富山県射水市と、香川県さぬき市とそれぞれ友好の縁を結んでいます。射水市とは旧大門町との友好が1995年に始まり、2006年に改めて姉妹都市となりました。さぬき市とは、旧志度町との縁組みが引き継がれています。遠く離れた土地との交流は、開拓で本州から人が入った北海道の町ならではの縁のように感じられます。
夜の顔:この町の怪談と心霊スポット
ここまで、剣淵町の昼の顔を歩いてきました。ほとんど誰も乗り降りしなかった駅、旧役場を絵本の館に変えた町、開拓の区画を駅名にした土地。どれも、小さな町が時代の波と向き合ってきた記録でした。
この町には、広く知られた心霊スポットとして確認できる場所はありません。当サイトの見方では、人気のない廃駅に漂う静けさが、人の気配の消えた場所への畏れを呼び、怪談の入口になるのだと思います。ただし、そこは今も地域の方々の暮らしの場です。
鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。
お出かけの前に
営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。
よくある質問
Q. 剣淵町は、なぜ「絵本の里」と呼ばれるのですか?
A. 1989年に国際絵本原画展を開いたことをきっかけに、絵本を使った町づくりが始まりました。1991年には絵本の専門図書館の「絵本の館」が開館しています。
Q. 北剣淵駅や東六線駅は、今も使えますか?
A. いいえ、どちらも2021年3月13日に廃止されました。利用者の減少とダイヤ改正が理由です。
Q. 剣淵駅の名前は、どんな意味ですか?
A. アイヌ語で、ハンノキの川の河口を意味する言葉に由来するという説があります。諸説あり、はっきりとは決まっていません。
Q. 剣淵町の名前の由来は何ですか。
A. アイヌ語で、ハンノキが生える川の河口を意味する言葉に由来するという説があります。諸説あり、はっきりとは決まっていません。
Q. 道の駅絵本の里けんぶちには、どんな特徴がありますか。
A. 国道40号沿いにあり、絵本のコーナーや、果樹を植えた広場「実のなる森」があります。2006年の開館です。営業内容は変わるため、事前に公式の案内でご確認ください。
参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/剣淵町
https://ja.wikipedia.org/wiki/剣淵駅
https://ja.wikipedia.org/wiki/北剣淵駅
https://ja.wikipedia.org/wiki/東六線駅
https://ja.wikipedia.org/wiki/剣淵町絵本の館
https://ja.wikipedia.org/wiki/道の駅絵本の里けんぶち