志木市の観光スポット|河岸の記憶と富士塚、河童の気配が残る小さな川の町
目次
この町の観光スポット(北から順)
番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。
- 羽根倉橋と羽根倉の渡し跡 荒川を渡る長い橋のたもと。江戸の河岸と渡し場、南北朝の合戦の舞台という二つの時代が重なる。
- 秋ヶ瀬取水堰 荒川で最も河口に近い堰。海の潮と川の水の境目に立ち、津波とアザラシが訪れたことで知られる。
- 志木市立郷土資料館 江戸末期の建物を改築した資料館。川底から掘り出された水路の潜管が、庭先に静かに展示されている。
- 旧村山快哉堂 明治初期の土蔵造りの店蔵を、市役所の向かいへ移築。河岸の町の商家の面影を伝える市指定の文化財。
- いろは親水公園と引又河岸・いろは樋 新河岸川の畔に、舟運の河岸と木の水路橋が描いた風景が重なる。川沿いの公園には桜の小道も続く。
- 敷島神社と田子山富士塚 明治初期に土を盛って築かれた国指定の富士塚。山頂の奥宮へ、いまも登拝の神事が受け継がれている。
- 長勝院旗桜(チョウショウインハタザクラ) 旧寺院の跡地に立つ樹齢約400年の桜の古木。世界に一本といわれる品種で、市の天然記念物。
- 宝幢寺 柏町の真言宗の寺。徳川家光が鷹狩りの休憩に訪れたと伝わり、河童の伝承が残る寺としても知られる。
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
- 所在地
- 埼玉県志木市
- 最終確認
- 2026.10.06
- ご注意
- 営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。
志木市ってどんな町?
志木市は、埼玉県の南西部、荒川の西岸に広がる小さな市です。面積は全国の市の中で6番目に小さいとされ、市内では新河岸川と柳瀬川が合流します。川に囲まれた低地と、武蔵野台地の端にあたる高台が同居する地形で、その高低差が町の歴史を形づくってきました。
江戸時代には新河岸川の舟運で栄えた河岸の町として、大正に入ってからは東武東上線の開通とともに、人と物の行き交う土地として発展しました。いまは東京のベッドタウンとして知られますが、足もとには水運と用水、富士山信仰の痕跡がしっかり残っています。この記事では、緯度の大きい順、つまり北から順に、市内の見どころをたどります。
1. 羽根倉橋と羽根倉の渡し跡
羽根倉橋は、志木市の宗岡地区とさいたま市桜区とのあいだで、荒川と荒川第一調節池をまたぐ橋です。橋の長さは約860メートルにおよび、国道463号と県道が通る大動脈になっています。空気が澄んだ日には、さいたま市側から所沢方面へ向かう道の正面に、富士山が見えることでも知られます。
この橋の名は、江戸時代前期の寛文2年(1662年)ごろに設けられた河岸場「羽根倉河岸」に由来します。そこには渡し舟も置かれ、荷物と人の集まる川の要所でした。河岸は1919年の河川改修で役目を終え、渡し舟も1938年に橋が架けられて姿を消しました。さらにさかのぼると、1351年(観応2年)には、足利尊氏方と足利直義方の軍勢がこの一帯でぶつかった「羽根倉の戦い」が伝わります。
いまは車で渡るだけの橋ですが、これは推察だが、川を渡る場所に人も戦も集まってきたのは、昔も今も変わらない地理の理屈だったのでしょう。橋のたもとの河川敷は広く、サイクリングや散策に使われています。川沿いは増水の影響を受ける場所なので、天候や水位には気を配ってください。
2. 秋ヶ瀬取水堰
秋ヶ瀬取水堰は、荒川にかかる可動堰で、さいたま市桜区と志木市にまたがっています。1964年に完成した施設で、利根川から引いた水を取り込み、首都圏の浄水場へ送る役目を担っています。荒川にある堰のうち最も下流にあり、河口からは約35キロの位置です。
この堰から下流の荒川は、海の満ち引きの影響を受ける汽水域になります。2011年の東日本大震災の際には、遡ってきた津波がこの堰まで到達しました。海から遠く離れた内陸の堰に津波が届いたという事実は、川が海とつながった一本の道であることを教えてくれます。
同じ2011年の秋には、堰の下流にゴマフアザラシが姿を見せ、大勢の見物人が集まりました。志木市は、このアザラシに「志木あらちゃん」の名前で特別住民票を出し、町は話題に包まれました。堰の上流と下流には立入が禁じられている区域があります。見学は決められた場所から、水の動きに気をつけて楽しんでください。
3. 志木市立郷土資料館
志木市立郷土資料館は、1979年4月に図書館とともに開設された、市の歴史と暮らしをまとめた施設です。建物は、市民から寄贈された江戸時代末期の建物を改築したもので、考古・歴史・民俗の資料が集められています。
敷地には、1978年に柳瀬川の改修工事で川底から掘り出された、いろは樋の後継にあたる地下水路の一部、「潜管」が展示されています。江戸の木の樋から明治の鉄管へ、水をどう運ぶかという工夫の変遷が、実物でわかる貴重な展示です。
小さな市の資料館ですが、河岸の商い、用水の仕組み、富士塚の信仰など、この町の歴史の骨組みをひと通りたどれます。これから市内を歩く人は、先にここで予備知識を得ておくと、見えてくるものが増えるはずです。開館日や展示内容は変わるため、訪ねる前に市の案内で確認してください。
4. 旧村山快哉堂
旧村山快哉堂は、1877年(明治10年)に建てられた木造二階建ての土蔵造りの建物です。もとは本町3丁目で、家に伝わる薬を作って売る薬店の店蔵として使われていました。1995年にいったん解体され、2001年に志木市役所の向かいへ移築されて、志木市指定有形文化財になっています。
重い瓦屋根と厚い土壁をもつ蔵造りは、火事の多かった時代の商家の知恵そのものです。これは推察だが、引又河岸の賑わいの中で、商人たちがこうした店蔵を構えていたのでしょう。そう考えると、かつての町並みが目に浮かびます。
現在は、市の文化財として公開されています。移築という形ではあっても、町の記憶を建物ごと次の世代へ手渡そうとする試みで、川の町に商いの風が吹いていた時代を想像させてくれます。公開日は限られるので、事前に市の案内で確認しておくと安心です。
5. いろは親水公園と引又河岸・いろは樋
市役所付近の新河岸川は、江戸時代の寛永20年(1643年)に開かれた「引又河岸」があった場所です。川越と江戸を結ぶ舟運の中継地として、市も立つほど賑わいました。しかし、明治から大正にかけて鉄道が開通すると舟運は衰え、1931年の通船停止令でその役目を終えました。
この川には、もうひとつ有名な仕掛けがありました。寛文2年(1662年)に、野火止用水の水を川の向こう岸の宗岡地区へ渡すために架けられた木の水路橋「いろは樋」です。長さは260メートル前後といわれ、サイフォンの原理で水を川越しに運ぶ、当時としては大胆な発想でした。木が傷むたびに改修が重ねられ、明治に入って鉄の管へと替わり、用水が下水道になった1965年に役目を終えました。
いまは本町の市場坂上に、小枡と大枡、そして縮小模型が展示され、当時の仕組みを知ることができます。近くの「いろは親水公園」は、水辺の散策路が整えられ、桜の小道も続いていて、2022年にはリニューアルされています。川を渡った水が畑を潤し、人の暮らしを支えたという話は、どこか静かで誇らしい物語です。
6. 敷島神社と田子山富士塚
田子山富士塚は、敷島神社の境内にある富士塚です。富士塚とは、江戸時代から各地で作られた、富士山を模した築山のことで、遠くの本物の富士山へ行けない人々が、ここで登拝の気持ちを果たしました。田子山富士塚は、1869年に盛り土が始まり、1872年(明治5年)に完成しています。発起人の一人として、高須庄吉の名が伝わります。
頂上には奥宮があり、中腹には親子の猿の石像が置かれています。2006年に埼玉県の指定を受け、2020年3月には国の重要有形民俗文化財になりました。富士塚としては全国で5件目、埼玉県では初めての指定で、保存状態のよさと、神事が今も続いていることが評価されたとされています。
神社と富士塚は、いまも地域の信仰の場です。参拝するときは、鳥居の前で一礼し、塚へ登る日や登り方は神社や保存会のきまりに従ってください。観光のための場所である前に、祈りの場所だということを忘れずに歩くと、この塚のもつ時間の長さがより深く感じられます。
7. 長勝院旗桜(チョウショウインハタザクラ)
長勝院旗桜は、柏町3丁目の長勝院跡に立つ、桜の古木です。長勝院は昭和期まであった寺院で、桜はその境内にあったことから、かつては「長勝院の桜」と呼ばれていました。いまは寺の建物はなく、桜だけが静かに残されています。
ヤマザクラの仲間で、樹齢はおよそ400年、幹まわりは約3メートル、高さは約11メートルといわれます。名前の「旗」は、花の雄しべが旗のような形の花弁になる花があることに由来します。1998年に発行された桜の専門誌で、世界に一本だけの新種として紹介され、それをきっかけに現在の名前が付きました。1993年には市の文化財に指定されています。
開花は、ソメイヨシノより1週間ほど遅い、4月上旬から中旬ごろです。市民ボランティアが、本木の栽培や若木の植樹に取り組み、市役所や学校、駅前などにも子孫の桜が育っています。当サイトの見方では、寺が消えても桜だけが人の手で守られ続けていること自体が、この町の誇りなのだと思います。開花期は周辺が混み合うので、近隣の住宅への配慮をお願いします。
8. 宝幢寺
宝幢寺は、志木市柏町にある真言宗智山派の寺院で、寺号のほかに地蔵院とも呼ばれます。創建の年代は分かっていませんが、江戸時代前期には、徳川家光が鷹狩りでこの地を訪れた際に境内で休息し、そのご縁で寺領を与えられたと伝わっています。
本尊は秘仏の地蔵菩薩で、台座と本体の様子が合っていないのは、火災のたびに地蔵像だけを抱えて避難させたからだ、という言い伝えがあります。この寺は記録に残るだけでも3度の火災に遭ったとされ、仏像を何よりも先に守ろうとした人々の気持ちが、台座のずれに静かに残っているのかもしれません。寺の前には市の文化財に指定された馬頭観音の文字塔もあります。
この寺は、市内に点在する河童の伝承が残る場所のひとつとしても紹介されます。志木が川の町であることを思えば、水にまつわる異形の話が語り継がれてきたことは自然です。春にはシダレザクラも咲きます。現役の寺院ですので、境内では静かに過ごし、参拝の作法に配慮してください。
名物・食べ物・飲み物
志木市の名物として挙げられるのが、長勝院旗桜にちなんだ菓子や酒です。旗桜の名を冠したまんじゅうや最中、日本酒が、市内で売られてきました。まちおこしの一環として生まれた品で、桜の木を守る人々の想いが、味として町に広がった例といえます。
また、志木市はイメージキャラクター「カパル」の存在でも知られます。志木の河童伝承にちなんだキャラクターで、名前は「河童」と市民会館の愛称「パルシティ」を掛け合わせたものです。きゅうりが好物という設定で、河童にゆかりのある町ならではの遊び心が、市のあちこちに顔を出します。
珍しい生き物・自然
志木市の自然を象徴するのは、柳瀬川と新河岸川の堤に続く桜並木です。柳瀬川のソメイヨシノの並木は、東武東上線沿線でも名高い桜の名所で、春には桜まつりが催され、夜はぼんぼりの灯りで夜桜を楽しめます。
荒川に近い宗岡地区は広い農地と河川敷が広がり、荒川の自然を身近に感じられます。2011年には、荒川の秋ヶ瀬取水堰の付近にゴマフアザラシが姿を見せ、「志木あらちゃん」と呼ばれて話題になりました。海から遠い川にアザラシが現れた出来事は、川と海のつながりを思い出させてくれます。
そのほか、この町の特筆すべきこと
志木市の名前は、古代の武蔵国新座郡にあった「志木郷」に由来します。1874年(明治7年)に引又と舘の2つの村が合併するとき、どちらの名を採るかで揉めたため、県が古い郷の名を提案して「志木」と決まったという経緯があります。
1914年に東武東上線が池袋と田面沢のあいだで開通し、志木駅が設けられました。これは、舟運で栄えた商人たちが鉄道を誘致した結果と伝えられます。なお、志木駅そのものは、隣の新座市にあります。市は2002年から小学校低学年の少人数学級を独自に導入するなど、教育の面でも先進的な取り組みで知られます。
2018年には、市の河童キャラクター「カパル」がゆるキャラグランプリで優勝しました。また、1945年4月には、市内でアメリカ軍機による空襲があり、防空壕に避難していた方々が亡くなっています。静かな住宅街の下にも、そうした歴史があったことを、ここで心に留めておきたいと思います。
夜の顔:この町の怪談と心霊スポット
ここまで、志木市の昼の顔を歩いてきました。川の舟運、用水の水路橋、富士山信仰、そして古い桜の木。どれも、水と人とが長い時間をかけて結んだ関係から生まれたものばかりです。
川の町には、水にまつわる不思議な話がつきものです。志木市にも、河童の伝承と、「猫の怪」と呼ばれる言い伝えが残っているとされますが、詳しい場所や由来は特定されておらず、探して歩くことは勧めません。当サイトの見方では、怪談は、人が水や暗がりに感じてきた畏れが、物語の形になったものです。
鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。
お出かけの前に
営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。
よくある質問
Q. 志木市の観光は、どう回るのがよいですか?
A. この記事は北から順に紹介しています。荒川沿いの北部、新河岸川沿いの市役所周辺、柳瀬川寄りの柏町周辺の3つに分けると回りやすくなります。距離や交通手段は、市の観光案内で最新の情報を確認してください。
Q. 志木市の名物は何ですか?
A. 長勝院旗桜にちなんだまんじゅうや最中、日本酒がよく知られています。また、河童のキャラクター「カパル」は市の顔です。店ごとの取り扱いは変わるため、お出かけの前に最新の情報をご確認ください。
Q. 田子山富士塚には登れますか?
A. 富士塚は信仰の場で、登れる日や方法は神社と保存会のきまりによります。見学の際は、現地の案内や、市・保存会の公式の情報に従ってください。
参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/志木市
https://ja.wikipedia.org/wiki/田子山富士塚
https://ja.wikipedia.org/wiki/チョウショウインハタザクラ
https://ja.wikipedia.org/wiki/いろは樋
https://ja.wikipedia.org/wiki/引又河岸
https://ja.wikipedia.org/wiki/秋ヶ瀬取水堰
https://ja.wikipedia.org/wiki/羽根倉橋
https://ja.wikipedia.org/wiki/宝幢寺_(志木市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/村山快哉堂
https://ja.wikipedia.org/wiki/カパル
この周辺の心霊スポット
昼の顔とは別に、この土地には夜の顔もあります。興味があれば、記録として読んでみてください。立入に注意が必要な場所も含まれます。

