鴉番組 KARASU CHANNEL
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HOMESIGHTSEEING高岡市の観光スポット|銅と鋳物の城下町を、海辺の景色から北へ南へ歩く

高岡市の観光スポット|銅と鋳物の城下町を、海辺の景色から北へ南へ歩く

監修:鈴king.(鴉番組/オカルト・ホラー取材7年)

目次

この町の観光スポット(北から順)

番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。

  1. 雨晴海岸 富山湾ごしに立山連峰を望む景勝地。海のすぐそばを列車が走り、冬はけあらしも見られる。
  2. 高岡市万葉歴史館 万葉集の歌人・大伴家持と越中の歌を紹介する館。町の北に広がる二上山の近くにある。
  3. 勝興寺 伏木の高台に建つ浄土真宗の古刹。本堂と大広間および式台が、2022年に国宝へ指定された。
  4. 金屋町 前田利長が鋳物師を呼び寄せた、鋳物の町。千本格子の家並みと銅をちりばめた石畳が続く。
  5. 高岡古城公園 前田利長が築いた高岡城の跡。広い水濠と約1800本の桜を持つ、国の史跡に指定された公園。
  6. 山町筋 黒漆喰の土蔵造りの商家が並ぶ通り。高岡御車山祭の山車を持つ旧町で、国の保存地区に選ばれている。
  7. 高岡大仏 奈良、鎌倉と並ぶ日本三大仏のひとつとされる銅造の阿弥陀如来坐像。高岡銅器の技術の結晶。
  8. 瑞龍寺 前田利長の菩提寺。山門、仏殿、法堂が一直線に並ぶ、近世の禅宗建築を代表する国宝の寺。
MAP DATA © OPENSTREETMAP CONTRIBUTORS
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
所在地
富山県高岡市
最終確認
2026.10.05
ご注意
営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。

高岡市ってどんな町?

高岡市は、富山県の西部、富山湾に面した高岡平野にある県内第2の都市です。1889年(明治22年)4月に、日本で最初に誕生した31市のひとつとして市制が始まりました。2005年11月には西礪波郡の福岡町と合併し、現在の市域になっています。

町の始まりは、1609年(慶長14年)です。加賀前田家の2代当主・前田利長が高岡城を完成させ、城下町を開きました。地名は、中国の古い詩集『詩経』にある一節から取られたとされる、めでたい響きの名前です。その後、銅器や漆器、仏壇などの伝統産業が根づき、とくに銅製品は国内シェアの9割以上を占めるとされます。この記事では、市内の観光スポットを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。海辺の景色から始まり、二つの国宝の寺、城跡、商家町、そして鋳物の町へ南下していく道筋です。

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1. 雨晴海岸

雨晴海岸は、高岡市の北端、富山湾に面した景勝地です。晴れた日には、海の向こうに3,000メートル級の立山連峰を望むことができます。海と山をひとつの景色に収められる場所は全国でも珍しく、この町が誇る眺めとして知られています。

JR氷見線の越中国分から雨晴のあいだは、ほぼ海岸線のすぐ横を通るため、車窓の眺めも評判です。鉄道ファンにも人気があり、青春18きっぷのポスターにも使われたことがあるといいます。2014年には、雨晴海岸を含む富山湾が、世界で最も美しい湾クラブに加盟しました。

冬には、冷えた空気に海の水蒸気が立ちのぼる「けあらし」が見られ、元日の初日の出を目当てに、多くの人が訪れます。当サイトの見方では、雨晴の景色が人を引きつけるのは、険しい山と穏やかな湾が、同じ視界の中で釣り合っているからではないでしょうか。海辺は天候や波の状況で表情が大きく変わるため、足元と天気には十分注意してください。

2. 高岡市万葉歴史館

高岡市万葉歴史館は、市制施行100周年を記念して、1990年10月28日に開館した施設です。万葉集の編者のひとりとされる大伴家持が、越中国の国司として高岡の地で暮らし、歌を詠んだことにちなみ、万葉集の世界を紹介しています。

高岡の北に連なる二上山は、家持が歌に詠んだ山として知られています。山の近くには家持の銅像も建てられており、ここが歌の舞台であることを今に伝えています。二上山の日吉社の社寺林には、標高270メートルほどの低い場所にもかかわらずブナが自生しており、低地型のブナ林として珍しい存在とされます。

これは推察だが、都から遠い越中に赴任した家持にとって、目の前の山や海は、都の風景とは違う新鮮さと、遠く離れた寂しさの両方を呼び起こすものだったのではないでしょうか。その感情が歌になって千数百年後の私たちにも届いていることが、この館を訪ねる一番の理由になります。

3. 勝興寺

勝興寺は、1471年に蓮如によって越中で創建されたと伝わる、浄土真宗本願寺派の寺院です。戦国時代には越中一向一揆の中心勢力のひとつでした。何度かの移転を経て、1584年に佐々成政から古国府城の土地を寄進され、現在の場所に移っています。江戸時代には、加賀藩前田家の庇護を受けました。

本堂は1795年(寛政7年)の建立で、間口が39.3メートル、奥行きが37.4メートルの大規模な仏堂です。国宝と重要文化財の建造物のなかで、本堂としては全国で9番目の規模とされます。1692年に建てられた大広間と式台は、公家をもてなすための上段の間を備えた現存する最古の建物です。この二つが2022年12月に国宝に指定されました。

1998年から2021年3月まで続いた平成の大修理で、江戸時代の景観が復元されています。当サイトの見方では、一向一揆の拠点だった寺が、のちに公家をもてなす格式の建物を備えるまでになった流れには、時代ごとに権力との距離を測りながら生き抜いた寺の知恵が刻まれているように思えます。いまも信仰の場所であるため、参拝の際は静かに過ごしてください。

4. 金屋町

金屋町は、1611年に前田利長が、金森弥右衛門ら7人の鋳物師を招いて住まわせたことに始まる、鋳物の町です。当初は鍋や釜などの日用品が中心でしたが、のちに銅器の生産へと移り、江戸時代の中ごろには、鋳物師の数が日本一になったといわれます。

2012年12月には、鋳物師町としては初めて、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。広さは約6.4ヘクタールで、この町を象徴するのは、地元で「さまのこ」と呼ばれる千本格子の家並みです。通りの石畳には銅がちりばめられており、鋳物の町であることを足元から教えてくれます。

敷地は、母屋、中庭、土蔵、その奥の作業場という順に並ぶ、職住一体の細長い造りです。火を使う仕事のために、火災の広がりを抑える工夫が町の構造そのものに組み込まれています。当サイトの見方では、町並みの美しさは、火と暮らす職人の知恵がそのまま形になったものといえるでしょう。現在も暮らしの場なので、見学は静かにお願いします。

5. 高岡古城公園

高岡古城公園は、高岡城の跡に整備された公園です。高岡城は、1609年(慶長14年)9月13日に前田利長が入城して完成しましたが、1615年(元和元年)の一国一城令により、わずか6年ほどで廃城になりました。2015年3月には、高岡城跡として国の史跡に指定されています。

城は、本丸、二の丸、三の丸、明丸、鍛冶丸の五つの郭で構成されていました。面積21万平方メートルほどのうち、約3割が延焼を防ぐために広めにとられた人工の堀だったとされ、現在も水濠が残り、遊覧船が運航される区間もあります。石垣や井戸の跡も残っています。

園内には18種およそ1800本の桜が植えられ、日本さくら名所100選に選ばれています。2006年には日本100名城のひとつにも選定されました。当サイトの見方では、短命に終わった城が、いまは市民の憩いの場として長く生き続けている姿は、この町が戦のためではなく暮らしのために城跡を使い続けてきた証のようです。

6. 山町筋

山町筋は、かつての北陸道沿いに商家が軒を連ねた通りで、2000年12月に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。保存地区の広さは約5.5ヘクタールで、土蔵造りの家屋が目を引きます。

建物の特徴は、2階建ての切妻造りで、壁には黒漆喰を使い、屋根は黒瓦葺きという重厚な外観です。鋳物の鉄柱や、防火壁に赤レンガを取り入れるなど、日本の伝統と洋風の工夫が混じった造りも見られます。1900年の大火で町の約6割が被災したことが、燃えにくい土蔵造りが広がる背景だったと考えられます。

山町の10か町は、御車山と呼ばれる7基の山車を持っています。豊臣秀吉の御所車を前田利長が町民に与えたものを、各町が手を加えて受け継いだものとされ、毎年5月1日の高岡御車山祭で曳かれます。木舟町の菅野家住宅は国の重要文化財で、一般に公開されています。町並みを歩くときは、いまも暮らしや商いの場であることを忘れず、静かに見学してください。

7. 高岡大仏

高岡大仏は、銅造の阿弥陀如来坐像で、奈良、鎌倉の大仏と並んで日本三大仏のひとつに数えられます。高岡銅器の職人の技術を結集してつくられたもので、高岡が銅の町であることの象徴でもあります。

この町の大仏には、木造の時代があります。江戸時代の1745年(延享2年)には約9.7メートルの木造大仏があったとされますが、1900年の高岡大火で焼失しました。その後1907年から銅の大仏の建立が始まり、1933年(昭和8年)5月に完成して、開眼供養が営まれています。

火災で失われた木の仏様を、町の技術で銅によって再び築き上げた、という経緯は、高岡の人々の信仰と職人の誇りを物語っています。これは推察だが、二度と燃えない素材を選んだ背景には、大火で町の多くを失った記憶が影を落としていたのではないでしょうか。大仏を見上げるときは、町の再建への想いにも静かに思いを寄せてみてください。

8. 瑞龍寺

瑞龍寺は、前田利長の菩提寺です。1613年に金沢の法円寺が高岡に移され、利長が亡くなった翌1614年に、前田利常によって「瑞龍寺」と改められたと伝わります。曹洞宗の寺院で、江戸時代初期の禅宗建築の姿をよく残しています。

1997年には、仏殿、法堂、山門の3棟が、近世禅宗様建築の代表例として国宝に指定されました。総門、僧堂、大茶堂、高廊下、回廊などは重要文化財です。伽藍は、中国の径山万寿寺にならったもので、正面から山門、仏殿、法堂が一本の軸の上に連なり、その左右を回廊が囲んで、堂が左右対称に置かれています。工事を担当したのは、加賀藩の大工頭・山上善右衛門嘉広とされています。

南西回廊の奥には、前田利長、利家、織田信長ら5人を祀る石廟が並んでいます。当サイトの見方では、加賀百万石を築いた家が、この地に壮大な伽藍を建てたのは、城を失った高岡の町に、精神的な中心を据える意味があったのではないでしょうか。現在も信仰の場であるため、参拝の際は静かに過ごし、境内の決まりに従ってください。

名物・食べ物・飲み物

高岡の郷土料理としてよく知られているのが、昆布締めです。もともとは魚を保存するための調理法で、昆布のうま味が魚を美味しくすることから、各家庭に広まりました。北前船の寄港地だった伏木港を通じて昆布の文化がもたらされたことが、背景にあるとされます。現在では魚だけでなく、肉や野菜、きのこなどにも使われています。

富山湾に面した高岡では、海の幸も食卓の中心です。新鮮な魚介が、昆布締めなどの形で親しまれています。店ごとの内容は変わるため、出かける前に確認してください。

珍しい生き物・自然

高岡の自然を代表するのは、雨晴海岸から望む、富山湾と立山連峰の景観です。晴れた日には、海面から3,000メートル級の山並みまで一続きに見渡せます。冬には、けあらしが立ち、海の上を白い水蒸気が漂います。

二上山の日吉社の社寺林には、標高270メートルほどの低い場所なのに、ブナが自生しています。ブナは普通、もっと高い場所に育つ木で、低地型のブナ林は珍しい存在です。雨晴海岸などとあわせて、能登半島国定公園を形成するエリアとして保全されています。

また、高岡古城公園には18種約1800本の桜があり、水濠に映る春の景色が親しまれています。水と緑が市街地のすぐそばにあることが、この町の暮らしやすさでもあります。

そのほか、この町の特筆すべきこと

高岡の産業で、特に注目すべきなのは銅器です。銅製品は国内シェア9割以上とされ、高岡大仏は、その技術の象徴です。福岡地区の菅笠の製造も国内シェア9割以上とされ、伝統産業の豊かさがわかります。

毎年5月1日の高岡御車山祭や、10月の高岡万葉まつりなど、町は一年を通じて歴史と文化の行事を大切にしています。山町筋の御車山は、秀吉の御所車の由緒を受け継ぐ山車として知られています。

1609年に前田利長が開いた城下町は、城が6年ほどで廃されても、商業と工業の町として続いてきました。当サイトの見方では、高岡の強みは、城そのものではなく、鋳物師や商人を呼び寄せて町の暮らしを築いた、開町の設計思想にあるように思えます。

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夜の顔:この町の怪談と心霊スポット

ここまで、高岡市の昼の顔を歩いてきました。海辺の景色、国宝の寺、城跡、商家町、鋳物の町。どの場所にも、人が暮らし、祈り、火と戦いながら町を築いてきた時間が重なっています。

その厚みは、夜の顔にもつながります。高岡市には、よく語られる怪談や噂がありますが、その所在は特定されておらず、探し歩くことは勧めません。当サイトの見方では、怪談とは土地の歴史や地形が、人の心に落とした影のようなものです。大火や戦国の記憶を知るほど、静かな場所への敬意が深まります。

鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。

お出かけの前に

営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。

よくある質問

Q. 高岡市の観光は、どの順番で回ると効率がよいですか?

A. この記事は北から順に紹介しています。雨晴海岸と勝興寺、万葉歴史館は北部の海沿い、城跡と山町筋、大仏、金屋町は中心部、瑞龍寺は南側にあります。距離があるため、移動手段を事前に確認してください。

Q. 高岡の名物は何ですか?

A. 昆布締めがよく知られた郷土料理です。ほかに、富山湾の海産物や、銅器・漆器などの工芸品も高岡を代表する産品です。店ごとの内容は変わるため、出かける前に最新の情報を確認してください。

Q. 寺や町並みを見学するときの注意はありますか?

A. 勝興寺や瑞龍寺は現在も信仰の場です。山町筋や金屋町は人が暮らす場所でもあります。静かに歩き、私有地には立ち入らず、写真を撮るときも住民の方の迷惑にならないようにしてください。

参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/高岡市
https://ja.wikipedia.org/wiki/瑞龍寺_(高岡市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/高岡大仏
https://ja.wikipedia.org/wiki/勝興寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/高岡城
https://ja.wikipedia.org/wiki/金屋町_(高岡市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/山町筋
https://ja.wikipedia.org/wiki/雨晴海岸
https://ja.wikipedia.org/wiki/高岡市万葉歴史館
https://ja.wikipedia.org/wiki/二上山_(富山県)
https://discoverjapan-web.com/article/105603

鴉番組

監修者:鈴king.

所属:鴉番組

取材歴:オカルト・ホラー取材7年目(2020年〜)

フォロワー数:YouTube 5,000人超え・X 25,000人超え

現地取材:30件以上

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