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老神温泉 ― 傷ついた神を癒した湯、日光と赤城の神々の戦い

監修:鈴king.(鴉番組/オカルト・ホラー取材7年)

老神温泉 ― 傷ついた神を癒した湯、日光と赤城の神々の戦い
目次
この怪談の基本情報(地域・時代・出典)を見る
地域・国
群馬県
市区町村・エリア
沼田市老神温泉/赤城山
カテゴリ
伝承・民話
時代区分
伝説自体は年代不詳(伝承時代)
出典
SURF&SNOW https://surfsnow.jp/article/visit/detail/tonenumata007/
出典の性質
観光メディア記事
最終確認日
2026年9月16日

群馬県沼田市、赤城山の裾野に湧く老神温泉。「おいがみ」と読むこの珍しい地名の裏には、赤城山の神と日光・男体山の神が命を懸けて繰り広げたという壮絶な神々の戦いと、深手を負った神がその傷を湯に浸して癒したという、生々しい言い伝えが横たわっている。

由来 ― 矢で射られた赤城の大蛇

伝説によれば、はるか神代の昔、赤城山の神である大蛇と、日光・男体山の神である大百足(おおむかで)が、領地をめぐって激しく争った。日光側の放った矢が赤城の大蛇の目を深々と貫き、深手を負った大蛇はいったん赤城山へと退く。傷ついた大蛇は、痛みに耐えながら体に刺さった矢を自ら引き抜き、赤城山の麓に突き立てた。すると、その場所から温かい湯がこんこんと湧き出したという。大蛇はこの湯に傷を浸して体を癒し、再び体勢を立て直すと、追ってきた大百足を打ち払って赤城山の領地を守り抜いた。この「追い返した神」という意味の「追い神」が、時代とともに転じて「老神(おいがみ)」という地名になったと伝えられている。

語る場所によって入れ替わる「勝者」と「敗者」

興味深いのは、この神々の戦いの伝説は、日光市側にも「戦場ヶ原」という古戦場の伝説として残っているという点だ。ところが、日光側で語られる話では、赤城山の神が大百足、男体山の神が大蛇という、群馬側とはちょうど逆の配役で伝えられている。つまり同じ「二つの山の神が戦った」という骨格を持ちながら、語る土地によって、自分たちの土地の神が「勝者である蛇」なのか「敗者である百足」なのかが入れ替わっているのだ。老神温泉のある群馬側では当然、自分たちの神である赤城山の神が勇敢な大蛇として傷を癒し、敵を追い払う物語として語り継がれてきた。

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今に伝わる「大蛇まつり」

老神温泉では現在も、この神話にちなんだ「大蛇まつり」が毎年5月の第2金曜・土曜に開催されている。温泉街を練り歩く大蛇の神輿は、若衆神輿で約30メートル、子供神輿でも約20メートルにも及び、12年に一度の巳年には全長108メートル・重さ約2トンという、他に類を見ない規模の巨大な神輿が登場する。この巳年の大蛇神輿は2013年にギネス世界記録として認定されており、単なる地域の言い伝えが、今も実際に地域を動かす一大イベントとして息づいていることを物語っている。

「老神」という地名の由来は、実は一つに定まっていない。『角川日本地名大辞典』には、いくつかの説が紹介されている。赤城山の神が二荒山(日光)の神との争いに敗れてこの地へ逃れてきた「追神」とする説、逆に赤城山の神が二荒山の神を追い返した「追神」とする説、赤城山の神が温泉を開いた「湯の神」が転じたとする説、「お湯の上(かみ)」が転じたとする説がある。さらに、「老神」という字そのものについては、永禄年間に沼田城主の夫人がこの地を訪れ、老いていく自分の身にかけて「老が身」と詠んだことに由来する、という言い伝えもある。

つまり、本記事冒頭の「追い返した神」という解釈は、数ある説のうちの一つだ。勝者として語るか、敗者として語るかが、地名の由来の段階からすでに揺れている。当サイトとしては、どの説が正しいかを決めるよりも、同じ地名に複数の物語が重なっている状況そのものに価値があると考える。物語が一つに固まらず、いくつもの顔を持ち続けていることは、この地名が長く人々に語られてきた証しでもある。

神々の戦いの背景には、古代の国境争いがあるとする見方も紹介されている。古墳時代に、毛野国が現在の群馬県にあたる上野国と栃木県にあたる下野国に分かれていく過程で起きた領地争いが、神話の姿をとって残った、という解釈だ。ただし、これはあくまで一つの見方であり、史料で裏づけられているわけではない。老神温泉を流れる片品川を挟んで、東側に二荒山神社、西側に赤城神社があるとされ、神々の対立が、今も土地の配置として見立てられているのは興味深い。

蛇と百足の配役が逆になっている点についても、研究者による解釈がある。一般には、赤城山の神が大百足、二荒山の神が大蛇とされることが多く、テレビの昔話番組でもそう描かれた。ところが老神温泉では、赤城山の神が大蛇として語られる。これについては、藤原秀郷の百足退治の話にならって、勝者を大蛇、敗者を大百足に見立てた結果、赤城側が勝ったとする老神では、赤城の神が大蛇、二荒山の神が大百足と伝えられるようになったのではないか、という研究が紹介されている。つまり、「勝った方が大蛇」という型が先にあり、そこに土地の神が当てはめられた可能性がある。

老神温泉は、金精トンネルや関越自動車道の開通によって、尾瀬や日光へ向かう観光の拠点という役割も担うようになった。年間を通じて朝市や花火、そば祭りなどの催しが開かれ、入り込みのピークは毎年10月だとされる。神話の舞台でありながら、普段は穏やかな保養地として、多くの人に親しまれている。祭りの際に温泉街が神輿で埋まる光景は、そうした日常の延長にある、年に一度の非日常なのだろう。

温泉地としての歩みも、伝説に劣らず興味深い。古くから皮膚の病に効く湯治場として知られ、大正時代には歌人の若山牧水もこの地を訪れている。1935年に老神、穴原、大楊の旅館が組合を結成し、「老神温泉郷」と名づけられた。1959年には薗原ダムの建設に伴い、一部の旅館が対岸の高台へ移転している。宿は、明治初期には1軒だったものが、最盛期の1983年に22軒を数え、2022年時点では13軒とされる。変わっていく温泉街の中で、神話と祭りは、変わらず土地の人々を結び続けている。

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考察 ― 自分たちの神を「勝者」として語る理由

ここから先は、当サイトの推測を交えた見方になる。二つの地域が同じ神話の勝敗を逆に語っているという事実は、単なる伝承の食い違いとして片付けるにはもったいない。おそらくどちらの地域も、自分たちの山の神を「敵に打ち勝った勇敢な神」として語り継ぐことで、その土地に暮らす人々自身の誇りや結束を支えてきたのではないか、というのが当サイトの見方だ。神話における勝敗は、史実としての正確さよりも、その土地に生きる人々が自分たちの故郷をどう誇りたいかという願いを映す鏡なのかもしれない。

そう考えると、老神温泉が「傷ついた神が癒された場所」として温泉の起源を語っていることにも、深い意味が見えてくる。負けたことのある神、傷ついたことのある神だからこそ、その神が癒された土地の湯には特別な力があると信じられてきたのではないだろうか。完全無欠の勝者の物語ではなく、一度傷つき、癒え、再び立ち上がった神の物語であるという点にこそ、この伝説が700年以上にわたって温泉地の誇りとして愛され続けてきた理由があるように思う。

宗教的な視点から見ても、この伝説が「蛇」を土地の守り神に据えていることは示唆的である。日本各地で蛇は古くから水神・龍神として祀られ、雨乞いや治水、豊作を司る存在として山岳信仰と結びついてきた。赤城山そのものも、赤城山神社をはじめとする複数の社が古くから祀られてきた信仰の山であり、大蛇の伝説は単なる武勇譚ではなく、この山に宿るとされてきた水と豊穣の力そのものを、蛇という姿に託して語り継いできたものと見ることもできる。傷を癒した湯が今も湧き続けているという事実は、山の神の力が伝説の中だけでなく、今この瞬間もこの土地に流れ出ているという感覚を、住民にも訪れる者にも与え続けてきたのではないだろうか。

これは推察だが、大蛇まつりで巨大な神輿を担いで練り歩くという行為そのものにも、単なる娯楽以上の宗教的な構造が隠れているように思う。日本の祭礼の多くは、神を一時的にご神体や神輿という「依り代」に降ろし、地域を巡らせたうえで、最後は再び鎮め、送り返すという構造を持つ。老神温泉の大蛇まつりも、神話の中で傷つき、癒え、勝利した大蛇という「荒ぶる神」を、祭りのあいだだけ人間の街に招き入れ、練り歩かせ、そして鎮めて返す神事なのだとすれば、これは単なる観光イベントではなく、今なお続く「鎮魂と再生の儀式」だと解釈することもできる。巳年に登場する神輿が全長108メートルであることにも、当サイトとしては目を引かれる。108という数字は仏教において人間の煩悩の数として知られており、偶然の一致である可能性は高いものの、傷つき、癒え、再び立ち上がるというこの神の物語と、人の迷いや苦しみの数だとされる108という数字が重なることに、当サイトとしては物語的な因縁を感じずにはいられない。

当サイトの見方では、もう一つ見過ごせないのが、この神話が今もって「決着していない」という点である。群馬側では大蛇が勝者として語られ、日光側では大百足が勝者として語られる以上、どちらの土地の伝承も自分たちの神を敗者だとは認めていない。つまりこの神々の戦いは、神話の中で一度きり戦われて終わったのではなく、二つの土地がそれぞれの正しさを語り継ぐことによって、目に見えない形で今も続いているとも言える。老神温泉の湯けむりの向こうと、日光の戦場ヶ原の向こうで、決して交わることのない二つの「勝利の物語」が同時に語られ続けている――そう考えると、この温泉地の穏やかな景色にも、まだ終わっていない神々の因縁が、静かに横たわっているように見えてくる。

これも当サイトの想像に過ぎないが、日光の戦場ヶ原に今も立ち込める朝霧の中に、当時の大百足の姿を思い浮かべると背筋が冷える。無数の脚を持つ体長数十メートルとも言われる化け物が、山ひとつを覆うほどの図体で赤城の大蛇と絡み合い、地響きを立てながら争い続けていたとすれば、当時この一帯に暮らしていた人々にとっては、まさにこの世の終わりのような光景だったはずだ。神話は大蛇の勝利で語られているが、もし本当に大百足がまだどこかで生き延びているのだとしたら——赤城山と日光を隔てる山々のどこかに、今も無数の脚を持つ何かが息を潜めているのかもしれない。

普段の顔 ― 赤城山麓の静かな温泉街

老神温泉は、神々の戦いの伝説を離れれば、赤城山の北麓・片品川沿いに広がる素朴な温泉街だ。日光・尾瀬への玄関口としても知られ、川のせせらぎを聞きながら入れる露天風呂を備えた旅館が多く、疲れを癒す湯治場としての人気は今も根強い。毎年5月には、大蛇に見立てた巨大なみこしが温泉街を練り歩く「老神温泉大蛇まつり」が開催され、地域一体となった賑わいを見せる。伝説の舞台であることを知らずに湯治に訪れる人も少なくないだろう。

見学にあたっての注意

老神温泉は現役の温泉地・観光地であり、大蛇まつりも一般に公開されている祭礼である。訪問・見学の際は温泉街や地域住民への配慮を心がけてほしい。本記事は「行くため」ではなく「記録するため」に掲載している。

よくある質問

Q. 老神温泉という地名の由来は何ですか?

A. 赤城山の神(大蛇)が日光の神(大百足)を追い払ったという伝説の「追い神」が転じて「老神」になったとされています。

Q. 大蛇まつりは今も見られますか?

A. はい。毎年5月の第2金曜・土曜に老神温泉で開催されており、12年に一度の巳年にはギネス世界記録認定の巨大な大蛇神輿が登場します。

Q. 鴉番組は老神温泉で取材・撮影を行いましたか?

A. いいえ、現在取材を行っておらず、実施を検討中です。その他の心霊スポット・怪談の取材動画は、カラスチャンネル(YouTube)よりご覧いただけます。

Japanese horror 鴉番組

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監修者:鈴king.

所属:鴉番組

取材歴:オカルト・ホラー取材7年目(2020年〜)

フォロワー数:YouTube 5,000人超え・X 25,000人超え

現地取材:30件以上

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