中川町の観光スポット|化石の海と天塩川がつくった道北の細長い町
目次
この町の観光スポット(北から順)
番号は記事の紹介順(北から順)と同じです。ピンを押すと名前が出ます。位置はおおよそのものです。
- 天塩中川駅 宗谷本線の駅。旧名は「誉平(ぽんぴら)」で、アイヌ語の小さな崖に由来する。駅舎は町が引き継いで改修した。
- 道の駅なかがわ 国道40号沿いの道の駅。町の特産や化石にちなんだ品を扱い、天塩川のほとりで一息つける町の玄関口。
- ぽんぴら温泉 アイヌ語の「小さな崖」を名に持つ温泉。1973年に開かれ、塩分の強い湯が特徴。駅から歩いて行ける距離にある。
- 中川町エコミュージアムセンター 廃校になった中学校を活用した自然史博物館。日本最大級のクビナガリュウの復元骨格と、虹色のアンモナイトで知られる。
- 佐久駅 宗谷本線の小さな駅。「夏の村の川」を意味するアイヌ語に由来する駅名と、地域の伝承館を兼ねた駅舎が残る。
- 茂吉小公園 歌人・斎藤茂吉が1932年に兄を訪ねて滞在した診療所の跡。短歌フェスティバルの優秀作が掲げられる小さな公園。
この町の基本情報(所在地・最終確認日・ご注意)を見る
- 所在地
- 北海道中川郡中川町
- 最終確認
- 2026.10.06
- ご注意
- 営業時間・料金・休業日は変わりやすいため載せていません。お出かけ前に各施設の公式サイトでご確認ください。
中川町ってどんな町?
中川町は、北海道の北部、上川総合振興局のいちばん北に位置する町です。東に北見山地、西に天塩山地が走り、そのあいだを天塩川と支流の安平志内川が流れています。人の暮らしは川沿いの細長い土地に集まっていて、町そのものが南北に長い帯のような形をしています。
この記事では、町内の見どころを緯度の大きい順、つまり北から順に紹介します。鉄道の駅や温泉に残るアイヌ語の地名、白亜紀の海から掘り出された化石、そして昭和初期にこの地を訪れた歌人の足跡まで。静かな町ですが、土地の古い時間が足元に積み重なっています。
1. 天塩中川駅
天塩中川駅は、JR宗谷本線が町の中心部を通る場所にある駅です。開業は1922年(大正11年)で、当時の駅名は誉平(ぽんぴら)でした。これはアイヌ語の「ポン・ピラ(小さな崖)」に由来し、市街の西にある川沿いの崖を指した地名とされています。
のちに「誉平」は読みにくく不便だという声が村議会で上がり、改名が提案されました。1951年に現在の名前になりましたが、同じ中川という駅が奥羽本線にすでにあったため、旧国名の「天塩」を頭に付ける形になったといいます。地名ひとつに、駅の歴史と鉄道網の事情が絡んでいるのが面白いところです。
現在の駅舎は1953年に完成したもので、2014年に町が所有を引き継いで改修しました。特急列車も停車する駅ですが、今は無人駅です。かつて駅の対岸にある「誉」という地名や、すぐ近くの温泉の名前にも、この旧駅名の面影が残っています。駅に降り立つと、道北の鉄路が町を育ててきた時間を静かに感じられます。
2. 道の駅なかがわ
道の駅なかがわは、国道40号沿い、天塩川にほど近い場所にある道の駅です。町役場や天塩中川駅、温泉のある一帯に隣り合っていて、中川町の玄関口のような役割を果たしています。トイレは24時間使えると紹介されており、長い国道の旅の休憩地点として助かる存在です。
町の公式サイトが特産品として紹介しているのは、和ハッカを使ったハンドクリームやせっけん類、山菜の加工品、地元の作り手の木工や染め織りの品、アンモナイトを図案にしたオリジナルの小物などが紹介されています。化石と薄荷と山の恵みという、町の三つの個性がそのまま並ぶ棚だと考えると、立ち寄る楽しみが増します。
店ごとの営業時間や取り扱い品は変わりやすいため、詳細は町や施設の案内で確認してください。ここを起点に、駅や温泉、天塩川の岸辺を歩いて回るのもおすすめです。
3. ぽんぴら温泉
ぽんぴら温泉は、天塩中川駅から歩いて20分ほどの場所にある温泉です。名前の「ぽんぴら」は、先ほど触れたとおりアイヌ語の「ポン・ピラ」、つまり小さな崖を指す言葉から来ています。温泉の名前が、旧駅名と同じ土地の記憶を受け継いでいるわけです。
泉質は塩化物強塩泉とされ、塩分をたっぷり含む湯が特徴です。源泉の温度は9度と低めです。温泉の開館は1973年で、1993年には全面的にリニューアルされました。日帰りで入る人も宿泊する人もいる一軒宿で、温水プールが併設されているのも、この温泉ならではの特色です。
北の大地の冷たい空気のなか、塩気のある湯につかるひとときは、道北の旅のごほうびのようなものです。なお、利用の可否や時間は施設の最新の案内でご確認ください。
4. 中川町エコミュージアムセンター
中川町エコミュージアムセンターは、1999年に閉校した佐久中学校の建物を生かした施設です。体育館が博物館に、校舎が宿泊研修施設に改修されました。町全体を一つの博物館と見立てる「エコミュージアム」の考え方に沿った、化石を使った地域づくりの中核施設です。
町内には白亜紀後期の海でできた蝦夷層群という地層が広く分布しており、川が地層を削ることで化石が姿を現します。展示では、真珠のような虹色の光沢を残したアンモナイトが目を引きます。この光沢は真珠貝と同じ成分で、通常は化石になる途中で失われてしまうものだそうで、生きていた当時の殻の成分が残っている貴重な標本です。
目玉は、1991年に見つかった2体目のクビナガリュウの全身復元骨格です。推定全長11メートルは日本最大とされ、約7200万年前の海を泳いでいた生き物と考えられています。最初の1体は1973年に見つかった標本で、のちの調査で大小2匹分の骨が混ざっていたことが分かりました。町がみずから大規模な発掘に踏み出した歴史も、この展示から読み取れます。
5. 佐久駅
佐久駅は、エコミュージアムセンターのすぐ近くにある宗谷本線の小さな駅です。開業は1922年で、現在の駅舎は1991年に「佐久ふるさと伝承館」として建てられたものです。駅舎が地域の記憶を伝える建物を兼ねているところに、この土地の人たちの思いがうかがえます。
駅名の由来は、アイヌ語の「サッコタンナイ(夏の・村の・川)」にあるとされています。かつてアイヌの人々は夏には川岸で漁をし、秋から冬は支流の沿いに移って暮らしたため、ここは夏の漁に適した豊かな土地と呼ばれた、という解釈が伝わります。天塩川と支流が出会う崖の一帯は、昔から人々が集まる場所だったのでしょう。
利用者の少ない駅として存廃が話題になったこともあり、2021年からは町が維持管理を担っています。駅を訪れる際は、列車の本数が少ないことを事前に確かめておくと安心です。静かなホームから天塩川の流れる谷を想像してみてください。
6. 茂吉小公園
茂吉小公園は、町の南部にある小さな公園で、かつての志分内診療所の跡地にあたります。ここに勤めていたのは、歌人・斎藤茂吉の兄の守谷富太郎でした。茂吉は1932年(昭和7年)に兄を訪ねて当時の中川村を訪れ、滞在中に57首の歌を残したと伝えられています。
この縁を記念して、町では1994年から「中川町短歌フェスティバル」を開いています。例年9月に行われ、最優秀作品がこの公園に掲げられるそうです。町の人々が百年近く前の来訪を誇りとして語り継いでいることが、小さな公園の静けさからも伝わってきます。
これは推察だが、茂吉が兄を訪ねて足を運んだ昭和初期の道北は、鉄路が通って間もない、まだ開拓の気配が濃い土地だったはずです。そこで兄が診療に当たり、弟が歌を詠む。山と川に囲まれた谷間に、兄弟の静かな時間が流れていたと想像すると、公園に掲げられる短歌の言葉も少し違って見えてきます。
名物・食べ物・飲み物
中川町の名物として町が打ち出しているのは、和ハッカ(薄荷)です。町の公式サイトでは、和ハッカを使ったハンドクリームやせっけんなどの商品が紹介されており、10月には薄荷蒸留会という催しの予定も告知されています。北の冷涼な気候で育つ香りの草が、食べ物というより暮らしの品として町を代表していることが分かります。
そのほか、山菜の加工品も町の産品に挙げられています。基幹産業は酪農と林業で、広い牧草地のある町です。提供されるものは変わりやすいため、お出かけの前に最新の情報を確認してください。
珍しい生き物・自然
町を貫く天塩川は、全長256キロの北海道で2番目に長い川です。河口から158キロ付近まで川を横切る堰がなく、コンクリートの護岸も少ないため、自然のままの岸辺が多く残っているのが特徴とされます。毎年春には、氷が割れて流れ出す「解氷」がこの町の春の便りとなり、町の観光協会がその日時を当てるクイズを行っています。
足元の地層にも注目です。白亜紀後期の海でできた蝦夷層群からは、アンモナイトのほか、新種として登録されたナカガワニシンやエゾダイオウイカなどの化石が見つかっています。アンモナイトは北海道で500種以上、中川町だけで100種以上が知られると紹介されており、国内有数の化石の産地です。
町を囲む山には、パンケ山やペンケ山、苦頓別山などがあります。冬は雪が多く、特別豪雪地帯に指定されています。天塩川と山並みが季節ごとに表情を変えるため、何度訪れても違う景色に出会えます。
そのほか、この町の特筆すべきこと
この土地の歴史は古く、旧石器時代や縄文時代から人が暮らし、天塩川の流域にはアイヌの人々の暮らしがありました。1857年には探検家の松浦武四郎が天塩川をさかのぼり、中川郡一帯を探検しています。和人の定住が始まったのは1896年ごろとされ、翌1897年に天塩川沿いの広い土地が御料地(皇室の所有地)となって開拓が進みました。
町制施行は1964年です。町の開拓や産業を支えてきたのは酪農と林業で、化石を地域づくりの核にした「エコミュージアム」の取り組みも、この町の大きな個性です。1974年には自治体が主催して北海道で初めての大規模な化石発掘調査が行われ、のちに日本最大級のクビナガリュウ復元へとつながりました。
季節の行事も多く、9月のなかがわ秋味祭りと丸太押し相撲大会、2月のきこり祭りなど、林業の町らしい催しが続きます。静かな町ですが、季節のたびに住民が集まる場面があることを知ると、旅の見え方が変わってきます。
夜の顔:この町の怪談と心霊スポット
ここまで、中川町の昼の顔を北から順にたどってきました。化石が眠る谷、天塩川の解氷、旧駅名に残るアイヌ語の地名、茂吉の訪れた診療所。どれも、厳しい北の自然とともに歩んだ人々の時間を物語っています。
夜の顔については、この町に怪談や心霊スポットとして特定できる話があるとは確認できていません。町内には、人口ゼロになった集落(字神路、字板谷、字富和)があると公的な統計にあります。当サイトの見方では、人が去った土地の静けさと化石に刻まれた数千万年の時間は、どこか通じ合っています。夜に探し歩くのではなく、昼の景色を心に留めるのがこの町の味わい方です。
鴉番組では、実話怪談や心霊スポットを、行くためではなく記録するために載せています。昼の景色を知ったうえで、夜の物語も読んでみてください。
お出かけの前に
営業時間・料金・休業日・アクセスは変わりやすいため、この記事には載せていません。お出かけの前に、各施設や自治体の公式サイトで最新の情報をご確認ください。天候や災害の影響で立入が制限されている場所もあります。
よくある質問
Q. 中川町の見どころは何ですか?
A. 化石の博物館であるエコミュージアムセンター、アイヌ語地名を伝える天塩中川駅やぽんぴら温泉、歌人・斎藤茂吉ゆかりの茂吉小公園などがあります。天塩川の景色も町の魅力です。
Q. 化石は自分で掘れますか?
A. 町内の化石は蝦夷層群の地層に含まれますが、採集に関する決まりや安全面の注意があります。まずエコミュージアムセンターで標本を見て、現地の案内や自治体の最新の情報を確認してください。
Q. 電車で行けますか?
A. 宗谷本線の天塩中川駅があり、特急列車も停車します。本数は多くないので、事前に時刻表をご確認ください。
参考にした公式サイト・資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/中川町_(北海道)
https://ja.wikipedia.org/wiki/中川町エコミュージアムセンター
https://ja.wikipedia.org/wiki/ぽんぴら温泉
https://ja.wikipedia.org/wiki/天塩中川駅
https://ja.wikipedia.org/wiki/佐久駅
https://ja.wikipedia.org/wiki/天塩川
https://ja.wikipedia.org/wiki/道の駅なかがわ
https://www.town.nakagawa.hokkaido.jp/