○ 心を映す夢 吉凶よりも、今の気持ちや状態を映す夢として読みます
いくら食べても満たされない亡者。満たされない欲求や、心の飢えの象徴とされる。
心理学から見ると
いくら食べても満たされない餓鬼の夢は、満たされない欲求や、心の飢えを映すと読めます。食べ物そのものより、愛情や評価、安心感など、本当に欲しいものが得られていない感覚が、飢えという形で現れているとも考えられます。何を口にしようとしていたかが、足りないものの正体を教えてくれることがあります。
言い伝えと歴史
餓鬼は仏教でいう六道の一つ、餓鬼道に落ちた亡者で、食べ物を口にしようとすると炎に変わるなどして、飢えと渇きに苦しみ続けるとされます。平安時代末から鎌倉時代にかけて描かれた絵巻にもその姿が残ります。お盆の施餓鬼は、こうした亡者にも食べ物を施して供養する行事で、弔う人のいない魂を思いやる心が込められています。
当サイトの考察
当サイトの見方では、施餓鬼の供養が教えてくれるのは、飢えを救うのは「自分で奪うこと」ではなく「誰かから施されること」だという点です。夢の中で自分が餓鬼になっていたなら、一人で満たそうとして空回りしている状態。誰かが食べ物を分けてくれたなら、素直に人の助けを受け取ることで、心の飢えが癒えていく兆しと考えます。
当サイトの見方:もう一歩深く
餓鬼は、昔の絵巻では、お腹だけが大きくふくらみ、手足は枝のように細い姿で描かれてきました。食べたいのに喉が針のように細く、何も通らないという語られ方もあります。欲しい気持ちは膨らむのに、受け取る口が狭くなっている。この姿は、現代の心の飢えにもよく重なります。当サイトの見方では、夢の中で何を欲しがっていたかより、「食べ物が目の前にあったのに口に入らなかったのか」「そもそも何もなかったのか」が分かれ目です。前者なら、周りには支えがあるのに、遠慮や意地で受け取れずにいる状態。後者なら、本当に心の栄養が足りていない環境にいるのかもしれません。これは推察ですが、餓鬼の群れを遠くから見ていただけなら、自分の中の満たされなさを少し離れて眺められるようになった印です。誰かに食べ物を分けていた夢なら、自分が飢えていてもなお人に施そうとする優しさと、その無理の両方を当サイトは読み取ります。
目覚めた朝にできること
今日の食事を一回だけ、画面を見ずにゆっくり味わって食べてください。もし誰かの助けを断っていたなら、素直に受け取ってみるのもよいでしょう。
こんな場面なら
- ◎吉 味方になる・宝をくれる……座敷わらしの言い伝えのように、福が来る兆し
- ▲注意 化かされる・さらわれる……見えていない罠や、人の言葉への注意
- 正体が分かる……恐れていたことの中身が見えて、不安が消える兆し
- 夢の中で気持ちがよかった……同じ夢でも吉の読みが強まる
- ▲注意 夢の中で怖かった・苦しかった……注意のサインの読みが強まる。まずは休息を
- 何度も同じ夢を見る……心がまだ答えを出していない問題があるサイン
よくある質問
Q. 餓鬼の夢は吉夢ですか?凶夢ですか?
A. 吉凶よりも、今の気持ちや状態を映す夢として読みます。いくら食べても満たされない亡者。満たされない欲求や、心の飢えの象徴とされる。
Q. 餓鬼の夢を何度も見るのはなぜですか?
A. くり返し見る夢は、心がまだ答えを出していない問題のサインとされます。研究でも、悩みが解決すると同じ夢は見なくなりやすいことが知られています。夢日記をつけると、何がきっかけになっているかが見えてきます。
Q. 餓鬼の夢を見た朝は何をすればいいですか?
A. 今日の食事を一回だけ、画面を見ずにゆっくり味わって食べてください。もし誰かの助けを断っていたなら、素直に受け取ってみるのもよいでしょう。
あわせて読みたい夢の読み物
「日本の妖怪」のほかの夢
※ 夢占いは心理学・民間伝承にもとづく娯楽としての解釈であり、科学的に証明されたものではありません。「当サイトの考察」は当サイト独自の推察です。