○ 心を映す夢 吉凶よりも、今の気持ちや状態を映す夢として読みます
国生みの神、伊邪那岐の夢。新しい物事を形にする力と、過去を振り切り清め直す決断を示す。
心理学から見ると
伊邪那岐の物語には、創造、喪失、振り返りへの後悔、そして清め直しという、人生の大きな節目がすべて含まれています。夢に現れるのは、大切なものを失ったあとで、もう一度前を向こうとする心の動きを映していると読めます。失ったものへの未練と、再出発の意志のせめぎ合いとも考えられます。
言い伝えと歴史
『古事記』などによれば、伊邪那岐は伊邪那美とともに天の沼矛で海をかき回して島々を生み、国生みを行いました。亡き妻を追って黄泉の国へ行きますが、変わり果てた姿を見て逃げ帰り、黄泉比良坂を大岩でふさぎます。その後、禊をしたとき、天照大御神・月読命・須佐之男命が生まれたと伝えられます。
当サイトの考察
当サイトの見方では、伊邪那岐の夢は「見てはいけないものを見た後、どう生きるか」の夢です。彼は逃げ、岩でふさぎ、水で身を清めて、そこから最も尊い神々が生まれました。夢で彼が振り返っていたなら、まだ過去に引かれている。水辺で身を清めていたなら、傷ついた経験がこれから大切なものを生む前ぶれです。
当サイトの見方:もう一歩深く
『古事記』では、伊邪那岐が黄泉の国から戻って禊をしたとき、左の目を洗うと天照大御神が、右の目から月読命が、鼻から須佐之男命が生まれたと語られます。最も尊い神々が、穢れを洗い流す行いの中から生まれたという物語です。当サイトの見方では、伊邪那岐の夢では、水で何を洗っていたかに注目したいところです。顔や目を洗っていたなら、つらい出来事のあとで物の見方を新しくしたい気持ち。手を洗っていたなら、自分のしたことや関わった出来事に、区切りをつけたい思いの表れでしょう。川や海に身を沈めていたなら、生き方そのものを一度洗い直したい、大きな転機に立っているのかもしれません。また、冷たい水だったか、温かい水だったかも手がかりです。冷たい水なら気を引き締める決意、温かい水なら自分をいたわりたい気持ちが表れています。これは推察ですが、洗い終えたあと水面に光が差した夢は、喪失の先に新しいものが生まれる予感だと当サイトは考えます。今も各地の神社で祀られる神として、敬意をもって受け止めたい夢です。
目覚めた朝にできること
朝の洗顔や手洗いを、いつもより少しゆっくり丁寧に行ってください。水で清める小さな儀式が、気持ちの区切りになります。
こんな場面なら
- ◎吉 拝む・お参りする……心を整えたい気持ち。願いが届く兆しとされる
- 神仏から言葉をもらう……最も強い「お告げ」とされる夢。言葉を大切に
- ▲注意 神仏が怒っている・背を向ける……自分の行いを見直したいという心の声
- 夢の中で気持ちがよかった……同じ夢でも吉の読みが強まる
- ▲注意 夢の中で怖かった・苦しかった……注意のサインの読みが強まる。まずは休息を
- 何度も同じ夢を見る……心がまだ答えを出していない問題があるサイン
よくある質問
Q. 伊邪那岐の夢は吉夢ですか?凶夢ですか?
A. 吉凶よりも、今の気持ちや状態を映す夢として読みます。国生みの神、伊邪那岐の夢。新しい物事を形にする力と、過去を振り切り清め直す決断を示す。
Q. 伊邪那岐の夢を何度も見るのはなぜですか?
A. くり返し見る夢は、心がまだ答えを出していない問題のサインとされます。研究でも、悩みが解決すると同じ夢は見なくなりやすいことが知られています。夢日記をつけると、何がきっかけになっているかが見えてきます。
Q. 伊邪那岐の夢を見た朝は何をすればいいですか?
A. 朝の洗顔や手洗いを、いつもより少しゆっくり丁寧に行ってください。水で清める小さな儀式が、気持ちの区切りになります。
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