◇ 吉凶は場面しだい 同じ夢でも場面で吉にも凶にも読まれる夢。下の「こんな場面なら」で読み分けます
国生みの女神、伊邪那美の夢。生み出す力と、報われなかった思いの象徴。母性や、見捨てられる不安を映す。
心理学から見ると
伊邪那美は、すべてを生み出した母であると同時に、死の国の女神となった存在です。夢に現れるのは、誰かのために尽くしたのに報われなかった思いや、大切な人に「本当の姿を見られたら離れていかれる」という不安が心にある時と読めます。母親との関係を見つめ直す時期を示すこともあると考えられます。
言い伝えと歴史
『古事記』などでは、伊邪那美は伊邪那岐とともに国や神々を生みましたが、火の神を生んだことで命を落とし、黄泉の国へ去りました。黄泉の食べ物を口にしていたため戻れず、約束を破って姿を見た夫に怒り、「一日に千人を殺す」と告げると、伊邪那岐は「一日に千五百の産屋を建てる」と応じたと伝えられます。
当サイトの考察
当サイトの見方では、伊邪那美は怒りの神である前に「待ってほしい」と頼んだのに約束を破られた神です。黄泉の神と相談する間だけ待つよう願ったのに、夫は待ちきれずに変わり果てた姿を見てしまった。夢で彼女が恐ろしかったなら、あなたの中に踏みにじられた約束の痛みがある。悲しげだったなら、見せたくない自分をそっと受け止めてほしいという願い。その怒りは、生と死の数の約束として世界の秩序にもなりました。
当サイトの見方:もう一歩深く
『日本書紀』の一書には、伊邪那美が紀伊国の熊野に葬られたと記され、三重県熊野市の花窟神社は、その地として今も大切に祀られています。生み出す力を持ちながら、火の神を産んで命を落とした女神は、黄泉の神となったあとも、土地の人々に敬われ続けてきました。当サイトの見方では、伊邪那美の夢は、人のために力を注ぎ続けてきた人が、心身ともに疲れきっているときに見やすいものです。子育てや介護、仕事で誰かを支え続けている人が、自分のことを後回しにしすぎていないか、夢が静かに問いかけているのでしょう。夢の中で伊邪那美の顔が見えなかったなら、本当の自分の姿を、誰にも見せられずにいる状態かもしれません。穏やかな顔で見つめていたなら、尽くしてきた日々が報われることを、心のどこかで信じている印です。これは推察ですが、伊邪那美に何かを手渡された夢は、生み出す役目を誰かに引き継いでよい、という許しの表れだと当サイトは考えます。今も祀られる女神として、敬意をもって受け止めたい夢です。
目覚めた朝にできること
守れていない約束が誰かとの間にないか、一つ思い返してください。小さなことでも果たすと、夢に残った重さが軽くなります。
こんな場面なら
- ◎吉 拝む・お参りする……心を整えたい気持ち。願いが届く兆しとされる
- 神仏から言葉をもらう……最も強い「お告げ」とされる夢。言葉を大切に
- ▲注意 神仏が怒っている・背を向ける……自分の行いを見直したいという心の声
- 夢の中で気持ちがよかった……同じ夢でも吉の読みが強まる
- ▲注意 夢の中で怖かった・苦しかった……注意のサインの読みが強まる。まずは休息を
- 何度も同じ夢を見る……心がまだ答えを出していない問題があるサイン
夢違え(ゆめちがえ):気になる夢を良い方へ変える
気になる夢を見た朝、昔の人は獏(ばく)の札を枕の下に敷く、庭の南天に夢を話す、夢違えの歌を唱える、といった方法で夢を良い方へ「違えて」きました。 くわしくはコラム「夢を買う、夢を違える」へ
よくある質問
Q. 伊邪那美の夢は吉夢ですか?凶夢ですか?
A. 同じ夢でも場面で吉にも凶にも読まれる夢。下の「こんな場面なら」で読み分けます。国生みの女神、伊邪那美の夢。生み出す力と、報われなかった思いの象徴。母性や、見捨てられる不安を映す。
Q. 伊邪那美の夢を何度も見るのはなぜですか?
A. くり返し見る夢は、心がまだ答えを出していない問題のサインとされます。研究でも、悩みが解決すると同じ夢は見なくなりやすいことが知られています。夢日記をつけると、何がきっかけになっているかが見えてきます。
Q. 伊邪那美の夢を見た朝は何をすればいいですか?
A. 守れていない約束が誰かとの間にないか、一つ思い返してください。小さなことでも果たすと、夢に残った重さが軽くなります。
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