▲ 凶夢寄り(注意のサイン) 言い伝えでは注意を促す夢。怖がるより「気をつけどころ」を教える夢と読みます
見捨てられる不安や、老いや責任への重さの象徴。支え合うことの大切さを思い出させる夢。
心理学から見ると
山に置き去りにされる、または誰かを置いてくる夢は、見捨てられる不安や、老いや介護、責任の重さに押しつぶされそうな気持ちの表れと読めます。心理学的には、置き去りの場面は、人との関係の中で自分の居場所を失うことへの恐れを映すとされます。置いていく側だったなら、罪悪感や自分の限界への気づきを含んでいるとも考えられます。
言い伝えと歴史
姥捨ての話は日本各地に伝わり、長野県の姨捨山の伝承や平安時代の歌物語にも登場します。昔話では、年老いた親を山に捨てようとした息子が、親の知恵に助けられて国の難題を解き、老人を大切にするようになったという筋が多く語られます。実際に広く行われていたことを示す確かな記録は乏しいとされます。
当サイトの考察
当サイトの見方では、姥捨て山の夢で大切なのは「山を下りる道の目印」です。昔話には、背負われた親が、息子が帰り道に迷わないよう小枝を折って道しるべにしたという話も伝わります。夢で誰かが道を示してくれていたなら、あなたを気遣う人は、あなたが思うよりずっと近くにいます。置いていかれる不安の奥には、支え合いたいという願いが隠れていると考えます。
当サイトの見方:もう一歩深く
長野県千曲市の姨捨は、山の斜面に小さな田が幾重にも重なる棚田で知られ、それぞれの田に月が映る「田毎の月」の風景は、古くから歌や俳句に詠まれてきました。悲しい言い伝えの残る地名でありながら、そこは月の美しさを人々が愛でてきた土地でもあります。当サイトの見方では、姥捨て山の夢を見る人は、重い責任や不安の中にあっても、どこかに美しいもの、心を慰めるものを探している状態かもしれません。夢の場面で読みは変わります。山の上で一緒に月を眺めていたなら、つらい状況の中でも、大切な人と心を通わせる時間を持てている印。山道を一人で下りながら何度も振り返っていたなら、置いてきたものへの後ろめたさが心に残っているのでしょう。これは推察ですが、背負った相手が思ったより軽かった夢は、抱えている責任を、自分で必要以上に重く感じていると当サイトは考えます。重さを一人で抱えず、周りの手を借りることも、支え合いの一つの形です。
目覚めた朝にできること
一人で抱えている家族のことや責任を、誰かに少しだけ分けてみてください。高齢の家族がいれば、今日は短い電話で様子を聞くのもよいでしょう。
こんな場面なら
- ◎吉 味方になる・宝をくれる……座敷わらしの言い伝えのように、福が来る兆し
- ▲注意 化かされる・さらわれる……見えていない罠や、人の言葉への注意
- 正体が分かる……恐れていたことの中身が見えて、不安が消える兆し
- 夢の中で気持ちがよかった……同じ夢でも吉の読みが強まる
- ▲注意 夢の中で怖かった・苦しかった……注意のサインの読みが強まる。まずは休息を
- 何度も同じ夢を見る……心がまだ答えを出していない問題があるサイン
夢違え(ゆめちがえ):気になる夢を良い方へ変える
気になる夢を見た朝、昔の人は獏(ばく)の札を枕の下に敷く、庭の南天に夢を話す、夢違えの歌を唱える、といった方法で夢を良い方へ「違えて」きました。 くわしくはコラム「夢を買う、夢を違える」へ
よくある質問
Q. 姥捨て山の夢は吉夢ですか?凶夢ですか?
A. 言い伝えでは注意を促す夢。怖がるより「気をつけどころ」を教える夢と読みます。見捨てられる不安や、老いや責任への重さの象徴。支え合うことの大切さを思い出させる夢。
Q. 姥捨て山の夢を何度も見るのはなぜですか?
A. くり返し見る夢は、心がまだ答えを出していない問題のサインとされます。研究でも、悩みが解決すると同じ夢は見なくなりやすいことが知られています。夢日記をつけると、何がきっかけになっているかが見えてきます。
Q. 姥捨て山の夢を見た朝は何をすればいいですか?
A. 一人で抱えている家族のことや責任を、誰かに少しだけ分けてみてください。高齢の家族がいれば、今日は短い電話で様子を聞くのもよいでしょう。
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