▲ 凶夢寄り(注意のサイン) 言い伝えでは注意を促す夢。怖がるより「気をつけどころ」を教える夢と読みます
計画の出鼻をくじかれる不安や、無理な方向転換への注意。すぐ歩けたなら、つまずきは小さく済む兆し。
分類: 体・健康(この分類の夢の読み方)
心理学から見ると
捻挫は、関節が本来曲がらない方向へひねられて起こるけがです。夢では、急な方向転換や、自分に合わないやり方で物事を進めようとしている状態を映すと読めます。人前で転んでくじいたなら、失敗を見られる恥ずかしさへの恐れ。ひとりきりの道でくじいて動けなくなったなら、助けを呼べない状況への不安が強いとも考えられます。痛みより「予定に遅れる」焦りが大きかったなら、休むことへの罪悪感が隠れています。
言い伝えと歴史
日本語の「くじく」は、足や手をひねって痛めることと、相手の勢いを削ぐことの両方を表す言葉で、「出鼻をくじく」「くじける」のように、気力を失う意味でも使われます。足元のつまずきは、昔から人生のつまずきになぞらえられてきました。一方で「つまずく石も縁の端」ということわざもあり、つまずきさえも何かの縁と受け止める見方もあります。夢占いでは、捻挫の夢は計画の見直しを促す知らせとされます。
当サイトの考察
当サイトの見方では、捻挫の夢は「足が先に止めてくれた」夢です。心がまだ走り続けたいのに、体が強制的に立ち止まらせる。階段でくじいたなら、段階を飛ばして進もうとする焦り。誰かを追いかけていてくじいたなら、その人に合わせるための無理。暗い道でくじき、何かが後ろから近づく気配があったなら、立ち止まることそのものを恐れているのかもしれません。止まっても追いつかれない、と知ることが回復の始まりです。
当サイトの見方:もう一歩深く
捻挫をしたときの手当てとしては、無理に動かさずに休ませ、冷やし、包帯などで軽く押さえ、足を心臓より高い位置に上げておくことが、よく勧められてきました。そして、痛みが引いたからといって早く無理をすると、同じところを何度もくじきやすくなるとも言われます。当サイトの見方では、捻挫の夢は、つまずきへの不安だけでなく、「治りかけの時期をどう過ごすか」を問いかけていると読めます。夢でくじいた足を高く上げて横になっていたなら、いつもと違う姿勢で過ごすことで、見慣れた景色を別の角度から眺め直す時間が与えられている印。痛みがまだあるのに走り出そうとしていたなら、立ち直ったように見せようと、回復を急ぎすぎているのかもしれません。同じ場所で何度もくじく夢は、前と同じやり方で、同じ失敗を繰り返していないかという心からの知らせとも考えられます。誰かが冷たいタオルを当ててくれた夢なら、手当てを受け入れる素直さが戻ってきているのでしょう。これは推察ですが、この夢は、休むことも前進の一部だと教えています。痛みが続くときは医療機関へ。
目覚めた朝にできること
今日の予定を見直し、詰め込みすぎているところを一か所だけ緩めてください。足首をゆっくり回してほぐすのもおすすめです。実際に痛みや腫れがあれば医療機関へ。
こんな場面なら
- ◎吉 元気になる・治る……回復や運気の立て直しの兆し
- ▲注意 痛む・傷つく・失う……心身の疲れへの注意。現実の体調も一度確かめて
- 血が出る……意外にも、エネルギーや金運の上昇とされることが多い
- 夢の中で気持ちがよかった……同じ夢でも吉の読みが強まる
- ▲注意 夢の中で怖かった・苦しかった……注意のサインの読みが強まる。まずは休息を
- 何度も同じ夢を見る……心がまだ答えを出していない問題があるサイン
夢違え(ゆめちがえ):気になる夢を良い方へ変える
気になる夢を見た朝、昔の人は獏(ばく)の札を枕の下に敷く、庭の南天に夢を話す、夢違えの歌を唱える、といった方法で夢を良い方へ「違えて」きました。 くわしくはコラム「夢を買う、夢を違える」へ
よくある質問
Q. 捻挫する夢は吉夢ですか?凶夢ですか?
A. 言い伝えでは注意を促す夢。怖がるより「気をつけどころ」を教える夢と読みます。計画の出鼻をくじかれる不安や、無理な方向転換への注意。すぐ歩けたなら、つまずきは小さく済む兆し。
Q. 捻挫する夢を何度も見るのはなぜですか?
A. くり返し見る夢は、心がまだ答えを出していない問題のサインとされます。研究でも、悩みが解決すると同じ夢は見なくなりやすいことが知られています。夢日記をつけると、何がきっかけになっているかが見えてきます。
Q. 捻挫する夢を見た朝は何をすればいいですか?
A. 今日の予定を見直し、詰め込みすぎているところを一か所だけ緩めてください。足首をゆっくり回してほぐすのもおすすめです。実際に痛みや腫れがあれば医療機関へ。
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